過剰な広告が変える街の顔
バンコク都内のギャラリーで、元上院議員クライサック・チュンハワン氏の個展(※)を観た。クライサック氏はチャチャイ元首相の息子で、首相やバンコク都知事のアドバイザーを務めたことのある人物。クーデター直後には暫定政権から外相の打診を受けた政界の有名人だ。
展示されていたのは、タイの風景を撮影した写真をプリントしたもので、同じ場所の2枚の画像が対でひとつの作品となっている。1枚は広告のあふれる風景、もう1枚にはそれらを取り去った風景が写っている。
2枚を見比べると、街中の広告の多さに驚く。
アメリカの歌手サリナ・ジョーンズは、来タイした折、「バンコクの高速から見える大きなビルボードはカリフォルニアを思い出させる」と言っていた。確かに、去年10年ぶりにバンコクを訪れた時には、空港からの高速道路をタクシーで走りながら、高層ビルと大型の広告看板の多さに驚いた(写真はスワンナプーム空港へ向かうタクシーの車窓からの風景)。
東京に住んでいたときは気にも留めなかったが、いま東京の映像を見ると広告の多さに改めて気づかされる。
しかし、過剰な広告に限った話ではなく、新しいものを見ることによって見失うものもある。見失ったものを想像する力も必要だということを、クライサック氏の作品は訴えている。【written by 雪々】
※「Imagine the Sky」
カトマンズ・フォトギャラリー(シーロム通りからパン通りに入った左側)にて。3月28日まで

2 件のコメント:
外国を実地に知らない者として、「タイに精通した記者らのフリートーク」、いつも楽しく拝読いたしております。
日本の住宅街の風景は、どこを歩いても雑然とした印象を抱かせます。個々の住宅における普請の違いや色使いの不統一感など、さまざまな要因があるのでしょう。中でも最も景観を損ねているものが何なのか永らく考えていました。
記者氏は、「新しいものを見ることによって見失うものもある。見失ったものを想像する力も必要だ」と書いておられますが、まさに、そうありたいと痛感した次第です。
と言うのも、記者氏の慧眼に触発されて想像したところ、日本の住宅街の景観を損なっている元凶は、スカイラインをずたずたに切り裂いている電線、目障りでしかも狭い道をいっそう狭くしている電柱なのだと解ってきたからです。それらの無い街を想像してみると、個性的な家々も全体として調和しており、景観もけっこう美しくさえ幻視できます(見慣れていて見えないものが、ある日突然見えはじめる。逆の想像力かもしれませんが)。
今回の記者氏の批評性(読者にも考えさせる)溢れる「フリートーク」は、芸術活動や宗教における信仰の具現活動に通じる根元的な視点なのではないかと、眼からウロコです。多謝
日本の消費者金融の看板ばかりを見るより色取り取りで楽しめます。
また、看板も大きいものが多いですね。
仏像も大きなものを作ったり、タイ人って大きいものが好きなんですかね?
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