2007年
1274号(6月11日〜6月17日)
盤谷日本人商工会議所新事務局長
『井上 毅氏(いのうえ つよし)

「中小企業にも直接メリットを感じてもらいたい」


井上毅 (いのうえ・つよし)大阪府出身。1969年生まれ。大阪大学経済学部92年卒。同年に大阪商工会議所入所。鉄道マニアで「タイでは日本の50年代、60年代に使っていたお古の車両が走っているので、暇ができたら見に行きたい」と話す。ゴルフはタイに来て始めたばかり。

 就職活動を始めてから、商工会議所の幅広い活動を知った。事務局という裏方で企業を支援するのも自分の性格に合っていると感じて入所した。

 商工会議所では色々な部署を回る。井上さんは最初の4年間を産業部で、製紙・印刷産業、ロボット協議会、環境問題などに取り組んだ。

 次に配属されたのが会員サービス部。そこでは3年間、約3万社の会員企業が直接メリットを得られるような、団体PL(製造物賠償責任)保険割引、ゴルフ大会などを手がけた。

 その後、これまでに最も思い出に残ったという、「大阪企業家ミュージアム」の設立準備に2年、運営に3年間携わった。これは大阪商工会議所が運営する博物館で、松下電器産業の故松下幸之助氏や三洋電機の故井植歳男氏、日清食品の故安藤百福氏など、大阪でビジネスに成功した100人の経営者の軌跡を紹介している。

 井上さんは「そんなものを作っても仕方がない」という意見もあったと当時を振り返る。そこで、次世代の経営者を生み出すきっかけになるようにと考え、先達のイノベーションを洗い出した。

 「小学生から大学生まで若い人たちに大阪の経営者のことを伝えていきたい」

 参考のために米国のシリコンバレーにある技術博物館を見学したとき、リタイアした人たちがボランティアで子供たちに教えていたのに感動した。

 「ハコモノを作るだけではなく、ソフトが大切です。リタイアした人に来てもらって話をしてもらえば、皆に興味を持ってもらえる」

 こうしてオーペンした博物館に現在では毎年1万5000人ほどの見学者がある。それに30人の元ビジネスマンが交代で案内役を務めている。

 井上さんは博物館運営から離れると、人事部で3年間、職員採用、出向者のケアなどを担当。そして軍事クーデターが起こる前日に、タイへの転勤を打診された。

 それまでタイには10年前にプライベートで1度来ただけだったが、どこでもまず笑顔で迎えられたことを憶えていた。

 「通貨危機の時だったのですが、その割に表情が明るくて、『心の広い国だな』との好印象が残っていたんです。だから自分にとっては、良い話だと思いました。日本人社会が大きく、生活に不便がないことも分かっていましたし……。ただ、前任者から、会員数の多いところなので、そこを取り仕切るのは大変だ、と聞いていました」

 久しぶりに来たタイは、より一層暮らしやすくなっていた。自分で車を運転しないので、BTSと地下鉄があって、とても便利だ。またタイ人は外国人を寛容に受け入れてくれる。

 しかし今度はプライベートではなく、仕事のための赴任だ。4月25日の定期総会で正式に事務局長として承認された。日本人商工会議所の役割として井上さんは、「政府に意見をまとめて具申すること」、そして「会員が直接メリットを感じられるようにすること」と考えている。

 会員数は今年4月に過去最高の1280社となった。

 「タイへの日本企業の進出は、大手がリードしてスタートしましたが、長い歴史があって、中小企業も多く、独自の活動をしています。企業数を見るとそういう規模になっている。商工会議所として、大手だけではなく、中小企業にも直接メリットを感じてもらえるようやっていきたいですね」  (水谷昇 記者)