2007年
1260号(3月5日〜3月11日)
タイ国トヨタ自動車 
代表取締役社長
『園田 光宏(そのだ みつひろ)

目線をセールス・ナンバーワンではなくお客様に向けていく


園田 光宏 氏
1954年、広島県福山市生まれ。京都大学工学部52年卒。77年トヨタ自動車入社。今年1月から現職

  「30年たって、やっとアジアに来た」

 トヨタ自動車に入社した時からアジアで働くことを希望し続けてきたが、念願が適ったのはタイ法人に副社長として赴任した昨年7月。今年1月には現職に就任し、総勢14000人の会社を統括する。

 02年に本社アジア部に配属されるまでは、ほとんどアジアに縁が無かった。1977年に入社後はサービスエンジニアとして、海外サービス部で自動車整備体制の確立に努め、82年から85年まではオーストラリアに駐在した。88年から94年までは労働組合に出向。その後は海外企画部に移動して97年から01年までイギリスとベルギーに駐在した。

 「なかなかスリリングだった」

 欧州時代を振り返って、こう表現する。

 海外企画部では、海外市場向けの車種選択と、その生産拠点、スケジュールなどを決める。当時、トヨタの欧州でのシェアは3%にすぎず、その拡大を狙って主戦場といえる小型車市場にヤリスを投入した。その素案を策定した。

 「上から叩かれ、横から突かれながら形にした」

 ヤリスは現在、トヨタにとって欧州市場開拓の中心車種に育っている。

◆トヨタ・ウェイ

 これらの経験を経てアジア部に配属されたのは、ちょうど東南アジア諸国連合の中でCEPT(共通効果特恵関税)による関税引き下げが本格化していく頃だ。トヨタでは、それまでの各国で進めていた国産化政策を方向転換し、アジア全体での相互供給を積極的に行うプロジェクトを始めた。

 「それまでタイはインドネシアと並んでいたが、ハイラックスにIMV(多目的車)を入れてから品質、コストの競争力が急に高まった。アジア全体で活用するのがベストと評価され、タイ法人を強化することが決まった」

 02年までタイ国トヨタの年間生産能力は台数ベースで22万台だったが、それが急速に増強され、現在では55万台に及ぶ。そのうち4割が世界中に輸出されている。従業員数も3倍に増えた。

 昨年は国内市場でのシェアも42%に及んだ。

 「これ以上はもう何もできないと油断をしたり、周りからほめられて傲慢になってはいけない。お客様に喜んでもらえるよう、エクストラでやっていく。自動車産業は幸せな産業だと思う。お客様が必要としている製品、サービスがはっきりとしていている。目線をセールス・ナンバーワンではなく、お客様に向けていく」

 今年はタイ国トヨタ自動車創立45周年を迎える。タイはトヨタの中で古い海外拠点の1つで、アジアでは最も古い。

 「現場での改善を地道に、じっくり、徹底的に重ねていく。これは特別なことではなく、当たり前のこと。それがトヨタ・ウェイ。タイでは社内に協力してやっていこうという文化があり、こういうことを言えば分かってもらえる。トヨタ・ウェイの浸透度は日本と同じレベルにある」

◆アスレチックで健康管理

 タイのビジネス交流で一般的なゴルフは、日本にいたときに膝を悪くしてあまり得意ではないという。

 「お酒を飲むのが一番好き。毎晩さそわれる」

 しかし、在タイ法人トップとしての激務をこなすため、健康管理にも気を使う。

 「アパートを探すときは、高層建築が怖いので低層のところ、そしてアスレチックの設備が充実していることを条件にした。週2回くらいは体を動かしている」

 タイの自動車産業は、生産台数では頭打ち傾向が出ている。それを業界トップ企業としてどう克服していくか。最も注目が高い日本人ビジネスマンの1人だ。

(聞き手・構成 水谷昇記者)