2005年
1150号(1月24日〜1月30日)
津波の被災者へラオスの心を、ビエンチャンで歴史的コンサート


若者の姿が目立つ観客席(写真提供 VIENTIAN TIMES)
 

受付で募金をする入場者(写真提供 VIENTIAN TIMES)
 

津波で両親を失い孤児となった子どもたち(タイ南部パンガー県の小学校で)
 

避難所で暮らす生まれたばかりの子ども(タイ南部パンガー県)
 

コンサート会場となった「LAO ITECC」。最新の映画館、巨大スーパーマーケット、最新ボーリングセンターが入っている
 
 「TSUNAMI」「ツナミ」「津波」。ラオスでも連日、新聞、テレビのトップニュースとなっているのがスマトラ沖で発生した地震による津波の被害状況とラオスの人々の被災者に対する募金活動の様子だ。

 また、ビエンチャン市民の多くがタイのテレビを見ているため、被害の凄まじさを目の当りにしている。ラオス人の中でも、「津波のあった当日にタイ南部のピーピー島に行く予定にしていたが幸い出発時間が遅れて助かった」という人がいた。前号でも紹介したように、南タイへの出稼ぎ労働者で被害にあったラオス人のことは、タイ政府もラオス政府も数字を公表していない。

 こんな中で、1月15日、ラオスの歴史始まって以来、最大規模といわれるコンサート「Mega Concert for Tsunami Victim」(津波被災者支援コンサート)がLAO ITECCで開催された。ラオスの伝統的な音楽と舞踊だけでなく近代の音楽やダンスなど、100人を超える歌手とアーティストの参加によって開催された。主催は、ラオス・ジャーナリスト協会。会場使用料も出演料もすべて無料。入場券は、1万5000キップ(約1.5米ドル)。

 主催者側は当初、3000枚のチケットと席を用意した。しかし、当日はあいにくの強風と寒さのために、入場したのは約1000人。多くの市民は、自宅でラオス国営テレビによる生中継を見たという。

 コンサートの開始時刻は、ラオス式でちょっと遅めの夜8時。そして、終わったのは何と深夜2時。コンサートには、アレキサンドラ・ブンスアイ、ノイ・センスリヤー、ティン・パイラワン、人気グループのオーバーダンスなど現在のラオスで人気の若手歌手もたくさん参加した。このコンサートのために特別の歌を作詞、作曲したラオスの人気歌手は、「ラオス人の心を伝え、津波の被災者を励ますために心を込めて作りました」と語っていた。
 また、当日は電話による募金受付も行われ、会場では有名歌手が電話応対の担当もして大忙し。募金者の名前はテレビ画面にテロップで流されていたが、日本人の名前も数人含まれていた。関係者の話では、このコンサートのチケット販売と募金を合わせると約4000ドルが集まったという。

 金額だけ見ればたいしたものではないと思う方もいるだろう。しかし、世界最貧国のひとつとして知られるラオスで、これだけの人が関心を寄せ、各地で祈りの集いが行われ、そしてたくさんの人が苦しい生活の中から支援のために募金をしたのだ。こんなに多くのラオスの人々が心を動かされひとつになって行動に及んだのは、ラオスの歴史始まって以来ではないかとさえいわれている。

 私の所属するSVAタイ事務所と提携するシーカー・アジア財団では、今も南タイで被災者のための救援活動を続けている。SVAラオス事務所のスタッフをはじめ今回のコンサートに参加した歌手や、ごく普通の生活をしているラオス人からも「タイでボランティア活動をしたいがどうすればいいだろう」と聞かれる。

 援助される側から、援助する側になること。

 援助する側から、援助される側になること。

 経済大国の日本は、10年前の阪神大震災で世界中からの援助を受けた。そして、その中には名もない普通の市民の援助や寄付も入っていたことをコンサートを見ながらふと思い出した。


(社)SVAビエンチャン事務所長兼アジア地域事務所長
八木沢克昌