2003年
1084号(10月20〜26日)
(33)ホイユアクへ再び/文・写真 三輪隆

 ホイホムのムラブリに会った後、私たちはいったんナーンの町へ出て、再びホイユアクに向かった。モン族の村だ。ホイユアクは私たちがはじめて独力でムラブリに遭遇した村だった。

 途中の林道の水場に、美しい蝶が集団吸水していた。かつて蝶採集を趣味にしていた私が倉田君に解説する。

 「蝶を採るときはね、まずはポイントを探す。たとえばレアな蝶であっても、特定の場所へ行けばまるで凡蝶のように次々と集まってくる地点があるんだ。そのポイントさえ探し出せばレアものでも面白いように採れるんだ。で、ムラブリのポイントは、ホイユアクなんだよ。それからね、ある種の蝶は山の中でも一定のコースを巡回して飛ぶ習性がある。蝶道と呼ばれている。このあたりはさしずめムラブリ道だな」

 「あはは、ムラブリとチョウチョと一緒にしちゃまずいですけど。でも、確かにムラブリって、森の中の獣道を歩くってイメージがあったんですが、不思議なことにこのホイユアクでは、よく道端でばったり遭遇しますよね」

 「そりゃ、ムラブリだって道があれば道を歩くよ。楽だから」

 ホイユアク村周辺には、モン族の管理下になく、モン族との契約労働をしていない、いわばフリーのムラブリが出現するのである。ホイユアク村の手前約3キロ、小さな小川が流れ込むあたりが、ムラブリのポイントだった。今回もそこで私たちはなんなくムラブリ族に遭遇することができたのだった。ホイユアクに通じるメインロードからほんの細い小道に100メートルほど入ったところにラフ族のサラー(休憩小屋)のような家が建っていた。

 そこにいたのは、イムアンという中年のおじさん(おそらくまだ40歳そこそこだろうが、ムラブリの社会ではおそらくすでにお爺さんと称してさしつかえない年齢だろう)の一家だった。妻のマコアさん(30歳ぐらい)、そして5人の子供たちが一緒に暮らしていた。一番上の女の子、ダーは14歳ぐらいだろうか、その下に幼い男の子がふたり、女の子が2人いた。

 イムアンの一家をふたりの若者が訪ねてきていた。プレー県のホイホムから遊びに来たシンという少年と、ウィーという若い娘だった。

 ムラブリの社会で、未婚の妙齢の娘に出会うことは稀である。15、6歳の女はいないわけではないのだが、ムラブリではこの年齢帯は、たいていすでに結婚しているのである。10代の女といえば、子供か人妻のどちらかなのである。推定15歳ぐらいのウィーも今は独身だが、結婚歴はあるらしい。

 シンは14歳ぐらい、ソムットというタイ名をもつ、聡明な少年だった。イムアンさんの娘、ダーを口説きにきているらしい。タイ語がとてもうまく、性格は明朗快活で、愛嬌があった。新世代のムラブリである。聞けば、ホイユアクのブンユン氏のところで生活していたことがあるとのこと。さもありなん。ホイユアクには若い娘がいないので、恋人を探しにあちこち遊び歩いているようだ。

 ふと、ムラブリ族の小屋の前を見ると、大人3、4人ほど座ることができる小さな竹製のベンチがしつらえてあった。まだできたてで、青竹の匂いが香ってくるほどに新しい。

 私と倉田君、川瀬さんはほぼ同時にそのベンチの存在に注目していた。

 「これ、なんでしょうか」

 「まあ、誰が見てもベンチですな」

 「ベンチ? でもなぜこんな場所にベンチが?」

 「その横には、ゴミ箱が」

 私たちは腕組みしたまましばし唸ってしまった。