2003年
1083号(10月13〜19日)
(32)移動しないムラブリ/文・写真 三輪隆

 ここホイホム村のムラブリたちは、ブンユン氏やカム氏の畑の手伝いをしながら、ときに食料をもらい、タイ語や英語を習っているという。病気になったら、治療の手助けもしている、とプロテスタントの牧師であるカム氏はいう。

 当然、将来はムラブリをキリスト教に改宗させることを最終目標にしているのだろうが、カム氏によれば、まずは彼らに定住させ、読み書きを覚えさせることが先であって、まだキリスト教を教えるような段階ではないという。

 一時期は60人以上のムラブリがここで暮らしていたこともあったという。しかし、やはり、気まぐれで飽きっぽい彼らのこと、しばらくすると、多くはどこかの森の奥へ、あるいはモン族の村へと去っていってしまったという。

 「ムラブリは定住生活に慣れていないので、以前はよく夜逃げしたものです。ふらりと出ていったまま、何ヵ月も帰ってこなかったりとか。別にここに住むのを強制しているわけではありませんから。でも今ここに住んでいる連中は、もうすっかり慣れて、他の土地に住んでいる親戚を訪ねていくとき以外は、他には行こうとはしません」

 「彼らは束縛されることが一番嫌いだと聞いています」

 「彼らにとって、問題を解決するただひとつの方法とは、ただ逃げることなんです。いやなものに出くわしたら、ひたすら逃げる」

 カム氏は少し力を込めてそう言った。

 帰り際、倉田君がつぶやいた。

 「三輪さん、どう思いますか」

 「なにが」

 「あんなふうに定住して、白人の世話になっているムラブリって。なんだかもう、本来のムラブリ族じゃなくなってしまったみたいで」 

 「本来のムラブリってなんだろうか」

 「それはやはり、森の中を移動しながら狩猟採集で自給自足をするっていう…。それがムラブリの本当の生活ではないですか。そもそもムラブリって森の人って意味ですよ」

 「でも、それはもしかしたら僕たちが勝手に作り上げたムラブリのステレオタイプなイメージに過ぎないのかもしれないけど。欧米人が、ちょんまげとキモノが日本人のファッションだと思い込んでいるように」

 「そうですかねえ。でも、本人たちはどう思っているんでしょうね。ボーホエのムラブリたちは口をそろえて言ってたじゃないですか。俺たちは森の中で気ままな暮らしをしてるほうが楽しいって。食料を恵んでもらえるったって、あんなふうに定住を余儀なくされて、監視されてるような肩身の狭い生活をしているのは、彼らの本意じゃないのでは」

 「うーん、でも、背に腹は代えられないっていうか、森の中で食料にありつけずに餓えることの不安と比べたらここのほうがましだと思いはじめてる人たちもいるかもしれないな」

 「でも、なんだって欧米人っていうのは、こんなところまできて、ムラブリにまでキリスト教を押しつけようとしてるんですか。彼らこそ、余計なお世話というもんじゃないでしょうか。ただ援助するならまだしも、最後は結局布教活動、信仰の押しつけです」

 実際、キリスト教の宣教師たちの活動は、タイ人でさえ足を踏み入れないようなタイ北部の小さく辺鄙な村にまで及んでいた。いったいそのエネルギーとはなんなのか。信仰の力なのか、思想なのか、経済なのか、人間の強さなのか、弱さなのか、愛なのか、醜さなのか。人はなぜ、自分と同じであることを他人に求めたがるのか。自分と違う人を認めたがらないのか。