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2003年 私たちはコー一家に別れを告げ、ボーホエ村を後にして、ホイユアク村に向かった。 コーによれば、ナーン県のホイユアク村の周辺には、まだ多くのムラブリが住んでいるという。 ホイユアク村は、ソンケオ村から国道をさらに西へ20キロほど行ったところを左に折れて山道に入り、プーケン山の方向に10キロほど走ったところにあった。標高はそれほど高くないが、険しい急坂が続き、乾期でも四輪駆動車でなければまず到底たどり着けないような悪路だった。 ボーホエ村で知り合った村の保健所に勤めるモン族の青年が紹介状を書いてくれたおかげで、私たちはホイユアク村の、ムラブリ族を雇っているモン族の一家と知り合うことができた。親切な一家だった。 モン族の人を案内役としてカリビアンに乗せて、3キロぐらい進み、車1台がやっと通れるほどの農道に折れて、両脇にトウモロコシ畑の続く道をしばらく行くと、道端に、2軒の小屋が建っているのが見えた。青いバナナの葉で屋根が葺かれた日よけ小屋の中に、相当に汚い身なりをした老若男女が、ひな壇の雛人形のように横一列に座っていた。 「うわっ。ムラブリや!」 倉田君が歓喜の声をあげた。 2つの家族が住んでいた。クアイ一家とイムアン一家だ。 クアイは50歳半ばぐらいだろうか。ムラブリとしてはなかなか立派な体格で、ゴリラみたいないかつい顔をしていたが、人のよさそうな笑顔を見せた。奥さんのメーパーは、35歳から40歳ぐらいか。子供は、上からジュ(女・10歳)、マイ(女・9歳)、イサム(男・8歳)、マイソン(女・6歳)、バナム(男・4歳)ポン(男・1歳)の6人で、全部で8人家族だった。 イムアンはクアイと同じぐらいの年齢だろうか。小柄で浅黒く、昔映画に出ていた「ブッシュマン」のニカウのような顔だちをしていた。イスラムの男がかぶっているような丸いふちナシ帽をかぶっていた。 奥さんはメーブアといい、40歳ぐらい。イカン(女・12歳)、パン(女・9歳)、ワン(男・7歳)、イモン(女・1歳)という6人家族だった。いずれも年齢は推定である。特に成人女性の年齢は推測さえ困難だ。ふけているように見えても、意外と若いかもしれないと思えた。 私たちのムラブリ・リストにさらに14人分が加わった。 クアイたちのシェルターは、これまで見てきたコー一家の小屋よりも、より原始的というか、よりムラブリのイメージに近い建て方に思えた。コー一家の小屋は屋根材にニッパヤシを使っていて、壁面もニッパヤシで覆い、小屋の内部は狭いながらもかなり密封された空間となっていた。それに対し、クアイたちの小屋は、ただバナナの葉で拭いた屋根につっかい棒をしただけの、外から丸見えの、なんというか、雨風さえしのげないような、ただの日よけのような建造物である。 そして、どちらの家族も、地面にバナナの皮を敷いただけの床に横一列にすわって、ぼんやりと前方を見つめていた。 とりあえず私たちは写真を撮りまくった。シャッターを押しつづける間、彼らはほとんど微動だにせず、前方を見つめたまま座りつづけるだけなので、私たちの撮影も簡単に終わってしまった。 私の中に、ふたたびある疑問が持ちあがってきた。そして倉田君に耳打ちした。 「なんか変だと思わないかい」 「は?」 「なんか、生活観がないんだよね。みんな、おきものみたいにコロンと座ってるだけで。それに小屋が建ってる場所も…」 けっこう頻繁にモン族やルア族のトラックが行き交うメインロードからほんの300メートルほど入ったわき道の、探す人が探したら、なんなく発見できるような、人目につきやすい道端にその2つのシェルターはあったのである。 「ムラブリってこんなわかりやすいところに家を建てるんだろうか」 「まあ、言われてみれば。いかにも私たちここにいるから声かけてください、って感じの場所ですよね。そもそもこの程度の日よけなら、わざわざ道路沿いにぶっ建てなくても、そのあたりの森の木立の中にいたほうがよっぽど暑さをしのげますよ」 「不自然だ。それに」 私は言った。 「家が新しすぎる。これ、今日建てたばかりって感じ」 「そういえば、バナナの葉っぱが青々として新鮮ですね。2時間前に切ってきたって雰囲気。コーの家の屋根はもっと枯れて干からびてました」 「私たちが今日、ここへくるのを知ってて待っていた?」 「まさか。だって僕らがホイユアクにくることを知ってるやつなんて誰もいないし。そもそも僕らのためにこんなところに小屋を建てて何の得になるんですか」 「いや、こないだ、ソンケオ村の村長が言ってただろ。ムラブリを見つけるには何週間もかかる。お金を出せば、見つけてきて、いきやすいところにムラブリに降りてきてもらうって」 「それがここ? でも自分達、ムラブリにもモン族にも、まだお金払ってませんよ」 「本当にこの人たちムラブリ族かなあ?」 「え?」 「モン族の人たちが汚い服を着て演技してるだけとか?」 「まさか。それってなんのために」 「モン族の人もお金ほしいから」 「あははは」 最後の会話は冗談で、クアイとイムアンの一家はまぎれもなく本物のムラブリ族だと、私たちは確信していた。 モン族とはあきらかに顔つきが違うし、彼らの膚、着ているものの汚さを見れば一目瞭然だった。それは不潔とか、粗末とかいう範疇をはるかに超越した聖なる汚さであった。池袋のレゲエおじさんではないが、この汚さ、このいぶし銀のように黒光りのする服、この風格は、1日や2日でなしとげられるものではない。 衣類は、平地タイ人の着古した洋服をもらってきているという。だぶだぶのTシャツなどを着せられているので、袖がだらりと伸び、寝巻きのように裾が股下あたりまで垂れ下がっていた。だから子供はパンツやズボンをはかなくても上着ひとつで十分という感じだった。もちろん、素っ裸の子供もいた。 モン族の青年は、簡単なムラブリ語を話すことができるようで、クアイやイムアンと何か冗談を言って笑っていた。クアイやイムアンもモン語がわかるようだ。 私は思った。とにかく、独力でムラブリを探さなければならない。いつまでもモン族の案内に頼って、モン族のコントロール下にあるムラブリの家族ばかりに会っていてもしかたがない。 プーケン山の山中には、今も人里はなれた森の中で、本来の原始的な狩猟採取生活をしているグループがいるという。そんな、いわば「生粋の」ムラブリに会ってみなければ。 私たちの認識では、コー一家のようにモン族の下働きをしているムラブリは、半ば文明化したムラブリで、それとは別に、まだ他民族との接触をもたない「純粋ムラブリ」が、どこかにいるはずだということだった。彼らはプーケン山の奥深くに隠れ住んで、他民族への依存を嫌い、ただ狩猟採集だけに頼って野生の生活をしている。数日〜十数日、一定の場所に住んでは、バナナの葉が黄色くなる頃、新しい住処をもとめて移動する。モン族の人々に聞いても、またムラブリたち自身に聞いても、そういう人たちがまだ存在すると断言するのである。 いったい、「純粋ムラブリ」はどこに潜み、そしてどんな生活を営んでいるのだろうか。 あのプーケン山の奥深くだろうか。それとももっと別のどこかだろうか。
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