2003年
1056号(4月4〜10日)
(16)マイとの出会い
/文・三輪隆

 モン族のとうもろこし畑の手作り小屋から出てきたのは、マイという女だった。

 年の頃20歳そこそこ、細身で美しく、ムラブリ族のイメージからは遠い、こざっぱりした身なりをしていた。両親を早くに亡くし、まだから養女としてこの当夫婦に引き取られたのだという。

 アンポンと名づけられた8歳になる娘がいた。今はもう別れてしまったが、ムラブリ族の男との間にできた子供だという。娘のほうは、まさにモン・クメール系といった浅黒い膚にどんぐりのような大きな瞳をした子供だった。コロコロとしていて、コーさん一家の子供たちとは違って栄養状態は比較的よさそうだった。

 マイはモン族に育てられたが、一時期、ムラブリの中で生活したこともあったという。彼女も一度はムラブリの社会に帰ろうと努力したのだろう。

 日が暮れかかった頃、一緒に食事をした。彼女の水浴びが終わるのを待って、私はカセットテープをとりだして、録音スイッチを押し、彼にインタビューをした。

―ムラブリのことをどう思う。

「うんざりだわ。ムラブリは不潔よ。土の上に寝なきゃならないし。雨が降ったら濡れ鼠だし。だからもうムラブリのところには帰りたくないわ」

―君はムラブリの男と結婚したことがあるんだね。

「あるけど、もうずっと昔に離婚した。もとの旦那はボーホエにいるわ。今は2人の奥さんがいるはずよ。私はもうムラブリの生活がいやになった。だから離婚したの」

―なぜ、ムラブリの生活がいやなの。

「食事が不潔だわ。手掴みでご飯を食べるのよ、ムラブリは。ご飯の炊き方もすごく不潔。私はもうタイ人のようになってしまったから、不潔な食事は食べられないの。水浴びも毎日するし。ムラブリは一生水浴びなんかしないのよ」

 マイはタイ語も流暢で、清潔好きで、ムラブリにしては妙に垢抜けていた。この夜も、インタビューに応じながら、小さな化粧台の鏡を覗き込んで、しきりに顔にベビーパウダーを塗りたくったり、口紅をひいたりと、念入りに化粧をしていた。日が暮れたらもう誰も訪ねてこないような、こんな辺鄙な山の畑で下働きしている子持ちの女が、夜になってなぜこんなに念入りに化粧しなければいけないのか、少し不思議な感じがしたが、おそらく彼女は、モン族の社会の中で、またタイ人の社会の中でいろいろな体験をしてきたのだろう。タイ人の家で、住みこみでお手伝いをやったこともあるという。そういったこれまでの習慣が抜けきれていないのだろうか。それとももしかして、夜毎この小屋に訪ねてくるいい男がいるのだろうか。

―自分がムラブリであることをどう思う?

(この質問に対し、マイは少し私たちの期待と異なる解釈と回答をした)

「ムラブリであることは大変よ。女は重労働をさせられるの。イモを掘るのも、家を建てるのも、なにをするにも女がやらなければならないのよ。男たちに言わせれば、女のほうが何をするのもうまいからっていうんだけど。疲れるわ」

―なぜムラブリは農業をやらないの。

「ピー(精霊)が怖いからよ。たたりがこわいの。やろうと思えばできるのだけれど」

―ムラブリと結婚したときはどこに住んでいたの。

「プーケン山のほうよ。でも森の生活はちっとも楽しくなかった。病気になっても薬はないし、みんなマラリヤにかかって死んでいくのを待つだけなのよ」

―将来、ムラブリは滅びてしまうと思う?

「ムラブリはプーケン山のほうにまだたくさん住んでいるわ」

―マイはモン族の男性と結婚したいと思う?

「あはは。美しくなければ、モン族はいらないって言うと思うわ」

―きみは十分に美しいと思うよ。

「ありがとう。でも私はもう誰にも興味がないの。ひとりでいるのがいい。どこへいくにもひとりで行くのが気楽でいいわよ」

―ムラブリの男とモン族の女が結婚したという話は聞いたことがある?

「知ってるわ。ホイユアク村の話よ。でもそのモンの女は20年前に死んでしまったわ」

―君も幼いころからモン族の家族に育てられたんだね。

「モン族の家族の中で暮らすのも大変だわ。ひとりで豚の世話をし、畑を耕さなければならない。私はもうすぐバンコクへ行くと思う。仕事を探しに。モン族のところにはもう住みたくないわ。家を出て、日雇いの仕事を探す」

―さっきバンコクへ行ったことがあるって言ってたね。

「あるわ。映画の撮影で」

―えっ、君が映画に出演したの?

「そうよ。タワン・ウンセンって映画。私はアンポーン・サランポーンという男優と一緒に共演したのよ。ムラブリの役でね」

 彼女がタイの映画に主演した経験があるという話は私を驚かせるに十分だった。

―それは本当の話なの。

「本当よ。キャンペーンでもバンコクにいったわ。出演料として、ラジカセをもらって帰ってきたの」

 私はその映画の内容を想像してみた。いったいどんな映画なのだろう。1980年代にすでにタイの映画の中にムラブリ族が登場していたとは、なかなか興味深いことではないか。

 その後、わずかな情報を頼りに、マイが出演したという映画のビデオを探したが、結局見つけることができなかった。どなたか、これを読んでいる人で、この映画についてなにかご存知のかたは三輪までご一報いただきたい。ただし「タワン・ウンセン」という映画のタイトルは私の聞き違いかもしれず、不正確かもしれない。1980年代の作品で、アンポーン・サランポーンが出演していて、このマイという少女がムラブリ族の役どころで出演していることだけが手がかりである。