2003年
1050号(2月21〜27日)
(13)嘘をつかない人たち
/文・三輪隆

 翌日、ふたたびコーの家を訪ねると、コーたちは約束どおり、待っていてくれた。

 私たちはしばらくインタビューをした。そろそろ私たちはコーに飽きられはじめているようなので、聞くべきことは早く聞いて適当なところで切り上げねば、と私は少しあせっていた。

 のちにわかったのは、一般的にムラブリの人たちはかなり飽きっぽく、移り気な性格であるということだった。インタビューしていても、最初はわりと熱心に答えてくれるが、10分ほどもたつと、次第に口数が少なくなり、そわそわしはじめ、ふいにどこかへいってしまうようなことがあった。

「そろそろ仕事にいかなくては」

 とコーが言った。そうだ、早くムラブリに仕事を終わらせたいモン族の雇い主たちも、居座りつづけている私たちを苦々しく思っているにちがいない。

 だが、私はもっとこの一家のことが知りたかった。

「じゃ、仕事が終わるまで待ってる」

「でも、遅くなるかもしれないよ。夕方にならないと帰ってこない」

「どんなに遅くなっても、待ってるよ。だから帰ってきてよ」

「ああ」

「必ずだよ」

 私と倉田君はコーの家の前にしゃがみこみ、日がな一日、ムラブリの人生についていろいろ想像をめぐらせながら、コー一家が帰ってくるのを待った。ときおり、モン族の人たちが畑に行くのに通りかかるぐらいで、他に誰にも出会わない。退屈で長い一日であった。

「まさかわれわれがムラブリ族の家の留守番をやることになるとは思いませんでしたね」

「ああ、コーたち、犬までみんな連れて行っちゃったから、われわれが番犬代わりだな。何にも家財道具のない家の留守番」

 日が暮れてきた。あたりが暗くなり始めた。

 ふと、もうコーたちは帰ってこないのではないかという不安がよぎった。

「やられたかな、倉田君。やつら、もう帰ってこないんじゃないかな。」

「きっと僕たち、嫌われちゃったのかも。あんまりしつこく居座りつづけるんで…」

「俺がくどくどといろんなこと聞いたから、うっとうしくなって、逃げちゃったのかもしれないな」

「もうこの家捨てて、今頃、どっか他の場所に新しい家を建ててるかもしれませんよ」

「かもなあ。たしかに、この家に残していったもので、とりに帰ってくる価値のあるものなんて、ないものなあ。このつぶれかかった鍋ぐらいのもんだろう」

 倉田君はため息をついて言った。

「でも、うそつくなんていけませんよね。うそはムラブリに似合わない」

 私たちは少しずついらだってきていた。

「善良なわれわれをだますなんて、けったくそ悪いですね。もう、こんな家、燃やしてしまいましょうか」

「まあ、こんな家燃やしたってねえ、彼らにとっては痛くも痒くもないだろうけど」

「20分もあれば建っちゃう家ですからね」

「このまま、僕たち、ムラブリの代わりにここに住んでましょか。10日間も水浴びせずに同じ服を着てれば、ムラブリと間違われるぐらいに出汁が効いていい感じになってきますよ、きっと」

 そんなことを言っていると、上方のあぜ道を一列になって降りてくる人々の姿が見えた。コー一家が帰ってきたのだ。

 やった。私たちは太宰治の小説「走れメロス」の、処刑場の中に駆け込んできたメロスを見たセリヌンティウスのように狂喜した。

 コーは約束を守って帰ってきてくれたのだ。疑った私たちが悪かった! 恥ずかしい!

「よく帰ってきましたね、コーたち」

「いくらなんでも、もうあの日本人たちも帰っているだろうと多寡をくくってたのかもしれないね。まだしつこく待っていたので、驚いただろう」

「もしかしたら、なんという執念深くてしつこいやつらだと思ってることでしょうね」

 ともかく、私たちはまたコーさん一家と会うことができて、うれしかった。

 私たちはふたたび、インタビューし、また写真をとり、コーさん一家の食事風景を見物し、食後の酒盛りをした。酒を飲むとコーは少しまた機嫌がよくなって、歌を歌ってくれたりしたが、しばらくすると、昨夜と同じように、不安げな表情で私たちに聞いた。

「もう遅いから、帰るかい。今晩もモン族の村に泊るよな」

「コーさん、あの、今晩はここに泊まっていっていいかい」

 案の定、コーの表情が曇った。

「帰るんじゃないのか。モン族の村へ泊まったほうがいいよ」

 私たちは、今晩こそはなんとしてもコーの家の近くで野営しようと考えていた。夜のムラブリの生活を観察してみたかったのだ。というより、ムラブリの人たちの近くで寝てみたかったのだ。ミーハーな理由だ。コーさん一家にとっては迷惑千万な話には違いない。今だったらストーカーまがいの迷惑行為である。

「コーさんたちともう少し話がしたいんだ」

 コーは少し考えていたが、あきらめたように、あいまいにうなずいた。

「大丈夫だよ、車の中で寝るからさ。家の中に入ったりしないから」

 私たちは、狭いスズキ・カリビアンの車内で眠った。倉田君は運転席のシートを倒し、私は後部座席に横になり、寝袋をかぶり、蓑虫のように体を丸くかがめて寝た。

 夜の森は、漆黒の闇だった。

 ときどき、家の中で犬同士が喧嘩する声がし、遠くで吠え鹿の声がした。コーの家の中からはかすかに焚き火の残り火の明かりが漏れていたが、やがてそれも消えた。

 子供たちはどうやって寝ているのだろう、たった1枚の毛布で、7人の家族がどうやって寒さをしのぐのだろう。懐中電灯を照らして家の中をちょっとのぞいてみたかったが、これ以上コーさんに嫌われてもいけないので、やめた。