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2003年 コーの一家は全員が裸足で生活していた。モン族の畑を耕すときも、森の中へヤマイモを掘りに行くときも、猟へ出かけるときも、靴は履かず、裸足だという。それがうそでないことは、コーの足を見れば一目瞭然だった。足の裏一面にまめやたこができて腫れあがり、傷だらけで、めった打ちされたボクサーの顔のように悲惨に変形していた。常時靴を履いている人の足ではけっしてなかった。 意外なことに、彼らは写真を撮ることに関しては恐怖や抵抗を感じる様子がなかった。妙に写真なれしていたのだ。カメラを向けるとお行儀よくレンズを見て、撮り終るまでじっとおとなしくしていてくれる。 コーにいたっては、槍をもって家の前でポーズまでとってくれた。なかなかのサービス精神である。家の前で一家の写真を撮りたいといえば、奥さんはじめ家族全員が出てきて横一列に並んでくれた。指示しなくてもトリミングはばっちりである、訓練を積んだプロのモデルのように気がきいている。 ベルナツィークの有名な民俗誌「黄色い葉の精霊」の中で、写真に写されたムラブリたちが、妙に整然とポーズをとっていることから、ベルナツィークの調査はヤラセではなかったかという疑惑さえもちあがったらしいが、もしかしたらムラブリの人たちはその当時(70年も前のことである)からけっこう人になれていて、サービス精神にあふれていたのであろうか。ムラブリ族の歴史や性質を考える上で、これはちょっとした謎でもあり、実に興味深いことである。 その後私たちは、タイにおけるムラブリ族のここ数十年間における歴史、特にモン族とのかかわりについて、広範な人々から聞き取り調査を行ったが、謎は完全には解けないでいる。それぞれの人の証言にかなりの食い違いがあり、いったいどれを信じていいのかわからないのである。 「コーさんはいつ頃からタイに住んでるの」 「生まれたときからこのあたりの森に住んでたさ」 「昔はどんな生活をしていたの?」 「森の中で、イモを掘ったり、果実をとったりしていた。森の中を食べ物を探していったりきたりさ」 「コーさんはどこで生まれたの」 「プーケン山だ。昔はずっとプーケン山に住んでた」 プーケン山は、ボーホエ村の北、直線距離にして約30キロの地点にある標高1,403メートルの山だ。プーケン山への道のりは険しく、地元のモン族の人々以外はまず誰も足を踏み入れない、陸の孤島のような場所だ。 その後、ムラブリ族の多くの人たちに話を聞くことができたが、大人たちのほとんどは、かつてプーケン山に住んでいたと答えた。 「コーさんはこれまでにどんなところに住んだことがある?」 「いろんなところさ。ナカ村にもいたし。ホイユアク村にもいた。クンサタン村にもいた」 「なぜ、いろんな村をいったりきたりするの」 「行きたいと思ったらどこへで」 「どうしてモン族に雇われて働くの」 「食べ物がないからさ。モン族の畑を手伝って豚や米をもらうんだ。森に食べものがあった頃は、モン族の畑なんかで働く必要はなかった。でも今は森に食べ物がないから、しかたなく働くんだ。今だって、モン族の畑仕事が終われば、森の中へ戻っていくさ」 「一年のうちで、モン族の畑で働いているときと、森の中で生活してるときと、どっちが長い?」 「そりゃ森の中のほうが長いさ。雨の季節は、ずっと森の中にいる。ヤマイモだって採れるし」 「森の中にいるときと、モン族の畑で働いてるときと、どっちが楽しい?」 「森の中に決まってるさ」 「どうしてタイ人の畑じゃなくて、モン族の畑で働くの、このへんにはタイ人の村もヤオ族の村もあるし、カムー族の村とかティーン族の村もあるのに。コーさんはモン族の人たちが好きなの」 コーは、かぶりを振った。 「モン族? 好きじゃないさ。それにタイ人に雇われて働いたときもあるし、ヤオ族のところで働いたこともある」 「本当は何族の人が好きなの」 「何族だろうが好きじゃない」 「モン族が嫌いなの?」 「嫌いさ」 「ヤオ族は」 「ヤオ族も嫌いさ」 「コン・ムアン(北タイ人)は?」 「嫌いだね」 「ファラン(白人)は?」 「ファランも嫌い」 「日本人は」 「嫌いだ」 私たちが日本人であることをコーが知っていたのか知らないのかわからないが、あまりにも単刀直入に「嫌いだ」といわれて、私と倉田君は顔を見合わせて苦笑した。人におもねるということがない、とても素直で正直な人たちなのだ。 要するにムラブリの人たちは、何族、何人であれ、誰も好きではないという。その理由を私なりに想像することができた。 彼らはとても弱く、臆病で、お人よしで、非好戦的な民族なのだ。他民族と一緒にいれば必ず利用され、だまされ、搾取され、略奪される。ムラブリ族の歴史は被搾取の歴史だったのではないかと思う。そしてそれから身を守る唯一の方法は自分たちを搾取しようとする民族を避けて森の中でひっそりと暮らすことだったのだろう。誰にも束縛されず、指図されず、自由気ままに暮らしたい彼らにとって、平地タイ人もヤオ族もモン族も、きっと口うるさくて信用できない、狡猾でまがまがしい存在としか写っていなかったに違いない。とすればモン族に雇われて働かざるを得ない今の生活は、かなり抑圧的でつらいもののはずだ。 ムラブリ族は今、はたして幸福なのか? |
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