タイの徒然

ムエタイ


〔旅行者パワー〕
夏休み
旅行者パワーに 引きずられ
初めて行った ムエタイ観戦

「いや〜、旅行者パワーというのはすさまじいね。なにせ日頃のストレス発散とばかりに遊びまくり、食べまくり、喋りまくっていくからね。お陰様で、もうタイに三年近くいるというのに一度も行ったことのない所に行き、見たことのないものを見ることになったよ。旅行者パワーに引きずられるという感じだね」

 八月ともなると、日本からいろいろなお客さんがタイにいらっしゃるようです。ボスのところにも、長年の親友が二人、タイに遊びにやってきました。

「初めてムエタイ観戦に行ってきたよ。ラーチャダムヌーンのスタジアムだった。その日は、観客はさほど多くはなく、三階席には誰もいないし、五試合目に入場したけれど、リングサイドの特等席に座れた。ジャッジの控えのすぐ後ろだったよ。臨場感溢れる、というのは、こういうことなんだろうね。選手の表情も、セコンドの動きもすぐ目の前だ。テレビで観るのとは全然違うね。試合中、ずっと流れているムエタイ音楽の生演奏も間近に見える。あの独特の笛を吹くおじさんのほっぺたの膨らみ具合なども、実際にスタジアムにいるからこそ見られるものだね」

 わたくしは、あまり格闘技には興味がありませんでしたので、ボスをムエタイに案内することはしていませんでした。

「スタジアムでは、ひたすらムエタイの試合だけが進行する。プロレスのようなマイクパフォーマンスなどは一切ない。それがいいね。試合の進行の順序はすべて決まっていて誰もがそれに納得していてスムーズに流れる。そういう姿に伝統の重みを感じたよ。選手はみな『ワイ・クルー(先生への舞い)』を踊る。テレビで見ていると、やたら長くて退屈な感じがしていたけれど、リングサイドで見ているとアッという間に終わってしまう。 日本の大相撲の仕切りに似ているなあと思ったよ。

 試合は、聞いていたとおり、二ラウンドまでは、まずはお互い探り合いといった応酬で、三ラウンド目から激しい戦いになる。実力伯仲だから、ノックアウトはほとんどなくて、その日も西洋人選手が勝った一試合だけだった。ところが、その日のメインイベントは、第一ラウンドから、いきなり激闘が始まった。両者とも倒しにかかっている。ローキックが決まって吹っ飛んでも、何事もなかったように立ち上がって、また激しい蹴り合い、殴り合いだ。第一ラウンドが終了すると、思わずフゥーッとため息が出たよ。『こんなペースじゃ五ラウンドもたないぞ』と一緒に行った友人に言ったものだが、この試合は最後までそのペースで戦われた。凄い試合だった。『いや〜、格闘家の血が騒ぐよ』とその友人は満足げに言ってたよ。彼は柔道で全日本高校選抜に選ばれたほどの男で『ぜひともムエタイが見たい』というので、観戦に来たというわけだ。

〔選手の美しさ〕
鍛え上げ
均整とれた 肉体が
ライトの中で 躍り輝く  

「勝負の決着は、関係者にはわかるみたいだね。差のついた試合では、最後の数十秒は、ファイティングポーズはとるものの、あえて戦おうとしない。ムエタイは防御技術の優れた格闘技だから、一発逆転はないんだろうね。優勢な方もあえて倒しにかからない。試合が終わると、負けた選手は、ジャッジが下されるのを待つこともなく、サッとリングを降りる。勝った方も、ちょっと喜びのポーズをとるものの、すぐにリングを降りて、さっさと会場を後にする。

 セコンドを見るのも面白かった。ある試合では、五、六人が、技が出るたびに『オーイ!』という声とともに、いっせいに反り返る。表情は真剣そのもの。一緒にのめりこんで試合をやっている。休憩時間中は、大声を出しながら、激しい動作付きで具体的な指示をとばす。『管理職はああいうふうにやるといいかもね』と言い合いながら笑っていたよ」

 ボスにムエタイの何が一番よかったかを尋ねました。 「選手の美しさだね。鍛え上げた均整のとれた肉体。そして真剣な輝いた眼。素早い動き。みんないい顔をしていたよ」

 わたくしの知り合いの日本人女性は、ムエタイの試合に出ています。相当強いらしいのですが、ボスの興奮した話を聞いて、わたくしも彼女の試合を見に行きたいと思ったものでございます。




[BANGKOK SHUHO]