停電が深刻なミャンマーから
家内工業の現場レポート
軍事政権下のミャンマーでは悪いことばかりではない。ヤンゴン市内の警官は実に親切で外国人に気を遣っている。また、札束が丸見えの状態でビニール袋に入れて繁華街を歩いているミャンマー人もよく見かけるが、治安が悪化している日本から来ると、強盗に狙われるのではないかと心配になるほどにミャンマーの治安は良い。また二〇〇〇年十月には、ヤンゴンの中央部にミャンマー初の大規模ショッピングセンター、「ヤンキンセンター」がオープンして賑わっているなど、経済危機を忘れさせるかのような風景もある。
しかし変わりつつあるミャンマーでも日に数時間にも及ぶ停電は相変わらずだ。ヤンゴン市内のある機械メーカーでは、「停電を理由にして客と約束した納期の遅れは許されないから、目が覚めた時から夜寝るまで、早め早めに機械を作ってきたのですが、二〇〇一年に入ってからは納期が遅れがち」と困っていた。停電の原因は発電能力不足で、ヤンゴンでは日本の戦後賠償で建設されたミャンマー最大の水力発電所が老朽化して送電ロスも多い。
こんなミャンマーで首都ヤンゴンに次ぐ第二の都市、マンダレーで政府系企業を訪問したところ、いきなり「貴方は運がいい」と言われた。しょっちゅう停電があるのにも関わらず、訪問時には珍しく電気が通じ冷房がきいていたからだ。停電は日常茶飯事なのに、二〇〇〇年四月から電気代が突然に十倍の値上がりをした。月一万チャットの電気代を支払っていた某レストランでは十万チャットではやっていけないと閉店。三井物産がヤンゴン郊外で運営している工業団地や高級住宅地区などへ優先的に電気が供給されているため、一般庶民が住む地域は商業地域を含めて停電が毎日のように続いている。また二十四時間自家発電機を稼動させての快適な生活を送っている裕福層も結構いる。
私のミャンマー人の友人宅で、そこに居候し、休日だけヤンゴン郊外にある自宅に戻るのだという二十九歳の女性と話す機会があった。まだ学生でヤンゴン大学に通っているこのミヤタンダアさんは、「父はヤンゴン郊外で工作機械を作っている」というので、関心を抱いた私はある土曜日に案内してもらった。
この工場はヤンゴン中心部から北へ、自動車で約四十分ほどのところにあった。トタン屋根の工場であり、地面にはセメントもうたれていないので地面が露出している。従業員の多くは裸足。会社名もないこの工場の経営者が、ウ・トォア・オンさん。「十四歳でこの仕事を始めました。五十六歳になる今日まで、機械作りに明け暮れていますが、これまでに百台以上を製造販売してきました」とウ・トォア・オンさん。
工場の庭でちょうどテストされていた機械は、練炭(れんたん)自動製造機だという。一台が百二十万チャット(約四十万円)。「能力は日に一万五千個で、練炭一個が十チャットで売れる」という。他に、コメやマメ類の自動選別機やレンガ製造機械なども製造している。
ウ・トォア・オンさんを始め、従業員の顔や手は油にまみれて真っ黒。ミヤタンダアさんも「大学がない休日には機械作りのお手伝いをする」という。従業員と家族が仲良く働いており、結構楽しそうである。そんな風景を見ながら、貧乏なミャンマーの機械メーカーの方が、後継者難、金策などで駆け回っている日本の工場経営よりも幸せではないかとも感じた。
練炭製造機械で使う部品を作るための旋盤も自分で生産したとウ・トォア・オンさんは自慢した。技術面で頼りにしているのは、同氏よりも年配で義理の叔父にあたるウ・ハン・ティン氏で、毎日、共に働いている。
「注文を受けてから生産を始めるのが普通だが、この機械(写真)はまだ売り先が決まっていない」とウ・トォア・オンさん。 組み立てが終わりテストも終了したこの練炭自動製造機は、客が決まるまでは、練炭を作って市場に売り続けるそうだ。練炭の原料はミャンマー北部にある小さな油田などから出る廃棄物であり、それをヤンゴン近郊の販売会社を通じて買っているという。
この小さな工場を見た後、工場の入り口には古木を使って椰子の葉で屋根を葺いた粗末な小屋で日差しを避けて休憩していると、誰かがウ・トォア・オンさんの指示で近所から買って来てくれたコーラが出された。そしてしばらくすると、ウ・トォア・オンさんの息子であるナイリントン君(二十歳)が、「自分もオフロード用の自転車を開発したので見てください」と、見たこともない自転車を持ち込んできた。オートバイか自動車用のショック・アブソーバーを自転車の前後に四つが組み込まれているのが特徴。「一台二万チャット(六、七千円)でこれまでに何台か売った」と自慢した。
五十六歳のウ・トォア・オンさんは早くも有力な後継者を得たといえる。日本では事業の承継税が高く、とりわけ3K(きつい、危険、汚い)職場がある企業では、息子が継がないと悩む親父さんが多いが、ミヤンマーで家族揃って楽しく機械作りに明け暮れている家内工業の現場を見て、一体どちらの国のモノ作りの方が幸せなのだろうかと考えてしまった。
アジアジャーナリスト 松田 健
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