原則的に変更を認めないのが国際ルール
新国際空港建設融資
赤尾信敏 特命全権大使インタビュー---
政治的に歪められた入札原則
バンコク新国際空港の建設資金融資を巡り、日本政府が粘り強い交渉を続けている。建設資金総額千二百億バーツのうち日本は七百億バーツを国際協力銀行(JBIC)が円借款の形で供与する。ところが、空港ターミナル設計デザインの見直しと建設コンソーシアムの入札問題、これにタイ人政治家の発言と地元マスコミ報道による助長で、タイ国民の中には、「日本は金儲けのために融資を申し出たが、日系企業が工事を入札できないため融資をやめると駄々をこねている」という見方もあるようだ。そこで前面に立って交渉にあたっている在タイ日本国大使館の赤尾信敏特命全権大使のお話を中心に真相に迫った。
問題の根本は協議不足
赤尾大使はタイ国民が新空港建設で日本に抱いているイメージに対して開口一番、「それはとんでもない話ですね。全然違いますよ」と毅然として答えた。
もともと新空港建設のための円借款供与の要請は一九九六年にタイ政府側から出て来たものだ。空港建設の場合、建設の進捗状況に応じて滑走路や空港ターミナル建設等個々のプロジェクト毎に毎年タイ側から「いくら融資して欲しい」と要請が来る。それを日本政府が検討・承認した後、両国政府の代表者が交換公文に署名。さらに日本国際協力銀行(JBIC)と空港運営母体である新バンコク国際空港会社(NBIA)が借款協定を結び実施する。
問題となっている空港ターミナルとコンコース(空港内の主要通路や待合室)の設計は、米国系のMJTAという会社が落札した。ヨーロッパ系の設計会社が最も低い設計価格を提出したが、なぜか二番目に低かったMJTAが選ばれた。
「この入札についてはタイの建築家協会を含む建築関係四団体から強い批判があったと聞いています」と赤尾大使は語る。ターミナルとコンコースの設計フェーズでは日本政府は円借款協定を結んでおらず、日本政府は直接この問題に関与する立場にはなかった。
そのMJTAによる設計はタイ経済のバブル化の最中に行われたため、それを建設するとなると巨額の費用が必要になる。一般的に新空港の建設には全体を監督するコンサルタント会社の下で、滑走路やターミナル等、個々の建設プロジェクト毎に専門のコンサルタント会社が割り振られ管理することになっているが、バンコク新空港建設の全体管理を任されている日系のコンサルタント会社、パシフィック・コンサルタンツ・インターナショナル社(PCI)の試算によると、ターミナル・コンコース建設予算の四百五十億バーツを大幅に上回ってしまう。MJTAは予算内で建設できると主張したものの、二〇〇四年の開港スケジュールを遅らせたくないタイ政府は建設業者の入札に2ビッドシステムという方法を採用することを決定した。
2ビッドシステムとは二段構えで行う入札システムのことだ。「ビッド1」ではMJTAのデザインを用いた場合の建設費用見積りを建設コンソーシアム九グループに提出させることにした。しかし、どのコンソーシアムも予算内でできる保障はないと回答。最終的に昨年九月の入札に参加したコンソーシアムは九グループ中わずか四グループだった。たまたまその四グループともに日系企業が関与していた。この四グループが提示した建設費見積り価格は残念ながらタイ政府にとって満足できるものではなかった。
タイ政府は全く新しいデザインで入札をやり直す時間的余裕はないと考え、続いて「ビッド2」に踏み切った。これは「デザイン&ビルド」タイプの入札で、空港建設事業全体を管理する権限を持つPCIがMJTAのデザインの大枠を残して再設計し、これをベースに入札する建設コンソーシアムに細部の設計を任せて、その建設費見積もりを提出させる方式だ。クアラルンプールの空港建設でもこの方式が採用された。入札に参加する権利を持つのは「ビッド1」で入札した四グループに限定された。
おかしなことに、この時、元々MJTAのデザインを批判していた建築団体の一部の人達が「ビッド2をやるのはおかしい」と言い出した。彼らの言い分は、「デザイン会社、設計会社以外の会社が設計部門を担当するのはおかしい」というものだった。
「全然おかしくないですよ。建設会社は設計会社と組んで設計して入札して来ているのですから。NBIA役員会のモンコン議長も、なぜ彼らが今になって態度を急変させたのか理解できない、と言っていました。彼らの発言は明らかに政治的なものですね」と赤尾大使は語る。
「ビッド2そのものの仕組みも筋が通っていておかしくありません。タイの一部の政治家が事実もそうでないことも好き勝手にマスコミに話すから、タイ国民は日本のやっていることがおかしいと感じてしまいます。私は今回の問題は政治的に発生した誤解だと感じています」(赤尾大使)
しかし日本側の思惑に反し、この問題はタイで大きな政治問題にまで発展し、当時の民主党政権も日本政府に「これだけ政治問題化したのではビッド2の実施は難しい」と言うようになった。これに対し、日本側は「ビッド1」に入札して来た四グループのみが「ビッド2」に参加する権利を持つ「2ビッドシステム」の放棄には断固として応じず、「ビッド1のデザインを一部修正して、かつ予算内の範囲でできるなら譲歩しましょう」とタイ側に告げた。結局、この時は三ヶ月間待ったもののMJTAからのデザイン修正案は期限内に回答されなかった。
今年二月にタクシン首相が率いる新政権が誕生したが、新政権も前政権と同様に「正当な理由のある無しには関係なく、政治家の多くが感情的にビッド2の実施はけしからんと言っているので実行するのは難しい」との姿勢を示した。代わりにMJTAのデザインを再修正して、再び九グループでビッド1の入札をやり直したいと提案して来た。その再修正案では資材の国内調達比率を八〇%に引き上げて外貨を節約することになっていた。修正デザインの採用については前政権時代にすでに了解していたことなので日本側にとっても問題はなかったが「入札は四グループに限定」という一点だけは譲れず、タイ側にも強く念押しした。この時、JBICにはMJTAの修正デザインを審査するため、三十日間の期間が与えられた。
赤尾大使は、日本側が四グループによる入札にこだわるのは円借款、政府公共事業の原理原則の問題だと特に強調する。
「一旦入札手続を双方で合意して決めたからには、余程のことが無い限り変更してはいけません。議論した結果、入札手続は2ビッドシステムを採用すると昨年春に合意されました。それに従ってやって来たので、原則的に変更は認められません。これは日本だけではなく国際的なルールです」。
実はタクシン首相からも一度、「日本は日系企業のどれかに落札させたいから四グループに固執しているのではないか」と尋ねられたため、この原理原則の話をしたらすぐ理解してもらえたと言う。
先月十二日、スケジュールの遅れを気にしたタイ側が日本側の合意の無いまま杭打ち工事を始める事件が発生した。タイでは、「MJTAの修正デザインに対するJBICの回答が遅れているため融資が遅れ、建設スケジュールの遅れを気にしたタイ政府が止むを得ず杭打ち工事を開始した」ように報道されているが、赤尾大使はこれについても「誤解がある」と語る。
「JBICが修正デザインを評価するには十分な審査期間が必要です。三十日間の猶予をもらいましたが、JBICからの質問に対してタイ側にきちんと答えてもらわなければ判断できません。質問に対して十分な回答を得られないまま三十日以内にOKは言えません」。
両者の間で結ばれた協定には、「杭打ち工事の開始にはJBICの合意が必要」との一文が明記されており、タイ側はこれを無視して工事を開始したことになる。そこでJBICからNBIAに対して、「合意に反したので基礎工事については融資をしない」旨を書面で通告した。結局、JBICの審査を経て最終的にMJTAの修正デザインを採用することが決定した。
「過去にタイとの間で行った円借款利用公共事業では今回のようなトラブルは発生しませんでした」と赤尾大使は語る。それがこれほどひどくこじれたのは、日本側・タイ側双方の協議の場が少なかったことにある。赤尾大使、タイ外相、財務相、運輸通信相によるトップレベル協議はしばしば持たれていたが、実務レベルによる協議の場はあまり持てなかったようだ。JBICからNBIAに協議を申し入れても迅速な対応を受けられないことが度々あったと言う。
赤尾大使は最後にこう付け加えた。
「修正デザインで入札をする時は、最初のビッド1に参加した四グループだけで行うよう、タイ側には強く念を押しました。日本側の意向をタイ政府も理解したようで、先月十二日にこの四グループが入札文書を受け取りました。二十一日間で建設費用を見積もり、十月九日に入札を行いました。一週間後の十六日には入札の結果を正式に発表することになっています」。
(聞き手・構成 宮尾 和宏記者)
|