メコン河開発構想
〜流域面に相互発展をもたらすか?
メコン河流域開発構想が再び注目されようとしている。七年前にマスタープランが描かれた同構想は、ビルマ・中国・ラオス・タイ・カンボジア・ベトナムの流域国が、交通網の充実、水資源の活用、貿易・投資・観光の拡大などを通して相互に発展しようとする試みである。
一九九七年に勃発した経済・金融危機の影響で停滞を余儀なくされたが、今年七月にハノイで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議でラオス・カンボジア政府が同構想への日本政府の経済援助に大きな期待を表明。アジア開発銀行(ADB)も構想の実現に向けた流域国の首脳会談開催への協力を約束したと報じられている。そこで、メコン河流域開発に関して市民の立場から情報を発信し日本政府や国際機関とも協議を重ねている日本の非政府組織(NGO)「メコンウォッチ」の松本悟事務局長に、メコン河開発の課題や日本政府の関わりについてお話をうかがった。
――松本さんとしてはメコン河流域開発のどのような点に注目されているのですか。
松本 私は特に水資源とエネルギーの問題に注目しています。もしメコン河流域で現在計画されているダムや導水計画が全て完了すれば、今から二十年間でメコン河流域は大きく様変わりしてしまいます。特にラオスのような国では国土のすみずみまでメコン河の支流が伸びていますから、自然環境や人々の生活に及ぼす影響は計り知れないものがあります。
また、「流域開発」と言っても、必ずしも国境をまたぐプロジェクトだけでなく、一国の開発計画が直接・間接的に他国と影響を及ぼし合うことになります。これもラオスの例ですが、同国はメコン河に対して総水量の三十五%を供給し、一万三千メガワットの電力を発電する可能性を持っていると言われています。同時にラオスはカンボジアと並んで国民一人当りが消費できる水量が流域国で最大です。そこで電力を売買する計画や水を移動させる導水計画などが持ち上がってくるわけです。
――つまり、水資源やエネルギーを供給する側と消費する側に分かれるということですね。そうなるとタイなどは消費する立場ですよね。
松本 そうです。実際タイは流域国で電力の購入を期待される唯一の国です。ところがここでタイの国内事情が問題になってきます。まず電力については現在過剰供給の状態にあります。またタイの場合、水資源が電力公社と王室灌漑局の二つの公的機関によって管理されているため、両者の役割分担が難しいことも問題です。ラオスのようにタイに電力を売って収入を得るしかない国にすれば、タイ政府のエネルギー政策に対しては常に敏感にならざるを得ないのです。
――この点で具体的に問題となっているプロジェクトはありますか。
松本 十二億ドルをかけてラオスに建設されようとしているナムトゥン第二ダムはいい例だと思います。このダムは当初二〇〇六年に完成し総発電量一〇六八メガワットの大半の九百メガワットをタイに供給する予定でした。しかし、タイの電力需要が伸び悩むなどの理由で、ラオス政府とタイ政府との間で買電契約が成立していません。
一九九三年から本格化したダムの建設準備のために森林や住民の生活が破壊され、現地は今荒廃した状態です。環境影響調査が行なわれたのですが、なんと森林伐採や一部住民の移転が始まった後になって行なわれ、結果は建設計画を容認しています。建設準備によって環境が悪化し、その上で調査が行なわれ、その結果としてダムが建設される。こういうやり方が果たしてまかり通るのかどうかが一つの大きな焦点です。
しかし、今までの話の流れから言えば、このダムがラオスにもたらす経済効果がポイントです。ラオスの国家財政からすれば、きわめて重大なプロジェクトである点は想像に難くないでしょう。先ほど「買電契約が成立していない」と言いましたが、今年の六月にタクシン首相がラオスを訪問し、契約に署名することに同意しました。問題は買電価格です。これまでの情報では発電開始後の最初の十三年間がキロワット当り四.五一〇米セント、次の十二年間が五.三七三米セントと言われています。 ところが、最新の経済効果調査ではキロワット当り五.七米セントで試算がなされています。つまり様々な状況の変化によって、買電価格が当初の見積もりと比べて非常に低いところで合意されそうなのです。それでもラオス政府としてはタイ政府を顧客とするしかない。したがってナムトゥン第二ダムがラオスに経済的恩恵をもたらすかと言うと、非常に大きな疑問が残ります。ましてラオスの人々への恩恵となるとさらに疑わしいわけです。
――ともすれば環境破壊ばかりが取りざたにされるが、経済効果自体に疑問が生じるというわけですね。ところで、メコン河流域開発には日本政府も関わっているのでしょうか。
松本 まず日本政府はメコン河流域各国に二国間援助という形で経済支援を行なっています。総額は十一億三〇九〇万ドル(一九九八年)に達します。また、一九九〇年代初頭に「大メコン圏開発構想」を打ち出したアジア開発銀行(ADB)も五億九三五〇万ドル(一九九八年)を流域国に拠出していますが、ADBは日本政府が最大の出資者で、歴代の総裁を財務省出身者がつとめたり、幹部職員の多くが日本人であったりと日本の影響力が強くはたらく国際機関です。
――日本政府の関わり方には何か特長がありますか。
松本 そうですね。よく言われていることですが、「縦割り行政」ですので、財務省であればADBの大メコン圏開発構想、外務省であれば「インドシナ総合開発フォーラム」、といったように各省庁がそれぞれの目的を持ちながら違った形でメコン河開発に関わろうとしています。経済産業省もまた違った枠組みを持っています。特長と言いますか、問題はこれらの省庁の間で十分な連絡・調整が行なわれていないことです。
――最近は日本国内でも政府開発援助(ODA)に対する批判が盛んなようですが、その点はいかがですか。
松本 今申し上げたように、日本政府の場合、多くの省庁が個別に関わっているので私たちNGO関係者が政府とODAについて協議しようとすると、それぞれの省庁を対象とすることになります。財務省とはすでに三年以上にわたってODAをめぐる定期的な話し合いを行なってきました。その結果NGOや市民からの意見や批判に対して財務省が耳を傾けることも多くなってきました。 また国際協力銀行(JBIC)という特殊法人があって「円借款」という形でODAを実施していますが、JBICも最近環境ガイドラインの策定をめぐってNGOと意見交換を積み重ね、「住民参加」など重要な点をいくつか盛り込むことになりそうです。
このように今では日本政府のODA政策に影響を及ぼすことができるチャンネルがいくつか開いているわけですから、メコン河流域開発にしても当該国の市民やNGO研究者、そしてプロジェクトに影響を受ける住民などがこのチャンネルを活用していくべきだと思います。
――中国政府もメコン河流域開発には積極的だと聞きましたが。
松本 特にビルマへの関わりについては私も注目しています。中国政府がビルマ支援に乗り気な理由は単純明快で、現独裁政権の人権抑圧政策のために西欧諸国がビルマへの投融資を控えているので、その間隙を縫って中国政府が自国企業の事業拡大を手助けしようとしているのです。
メコン河流域開発という点からは、中国政府がビルマ政府とラオス政府に資金を提供して、メコン河の上流部分を数百キロにわたって浚渫するという計画があります。これは昨年中国・ラオス・ビルマ・タイの四ヶ国で合意した「商業航行に関する合意」に基づくプロジェクトで、メコン河を浚渫(しゅんせつ)したり、小島や早瀬を撤去して、百トン級の船舶が自由に航行できるようにしようという計画です。 環境に対する影響、特にベトナムやカンボジアなどの下流域諸国に対する影響が懸念されますし、そもそも浚渫自体が効果的かとの疑問の声も上がっています。すぐに土砂が堆積してしまうかも知れないからです。中国政府は雲南省を流れるメコン河本流にもすでにダムを建設しており、さらにいくつかのダムの建設を計画中です。こうした計画については入手できる情報も限られており、環境や住民に対する影響も全くと言っていいほど分かっていません。
――「流域」と言う以上、問題も複雑で多岐にわたるようですね。今後とも注目していく必要のあるテーマだと思います。本日はどうもありがとうございました。
松本 こちらこそ。ありがとうございました。
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