「犯罪博物館」
「医学博物館」
ホアランポーン寺を後にした私は、「シリラート病院」へと向かった。とはいっても別に具合が悪くなったわけでははい。ここはタイ人にも人気の博物館があるのだ。その博物館とは、一九五〇年初頭、五人の幼児を殺害し、その内臓を不老長寿の薬として食べていた「シーウィー」死刑囚の死体が飾ってある「犯罪博物館」(コングドン解剖学博物館)。これが今回の〃お目当て〃でもある。
シリラート病院まではチャオプラヤ川を走るエクスプレスボートを利用した。スカイトレイン(BTS)を「サパーンタクシン」駅で下車、すぐ目の前にあるサトーン船着場よりボートに乗る。エクスプレスボートには特急、急行、各停の三種類はあり、それぞれ寄る船着き場が異なる。(船着場にはボートルートの案内があるので確認すること)。シリラート病院へ行くにはサトーン船着場より上流に進み、「バンコクノーイ駅船着場」、または「ワンラン船着場」で降りる。どちらで降りてもシリラート病院までは徒歩で二〜三分だ。
エクスプレスボートの乗船方法は市バスと同じで、乗船後、車掌が料金を集めにくるので(おなじみの金属製の筒を鳴らしながら)、行き先を告げてから料金を払う。料金は特急、急行、各停でそれぞれ異なるが、観光スポットの密集している場所なら一〇バーツ以下で移動できる(ボートの運航間隔は五〜二〇分)。
さて、船着き場で下船したものの、タイ語の読めない私は、「シリラート病院はどこですか?」、覚えたてのタイ語で、道ゆくタイ人に聞きながら目的地に向かった。
病院内に入ると、あちこちに「博物館、あちら」と漢字で表示してあり、それをたよりに進むと「犯罪博物館」に辿り着く。一階には係員らしき人がおり、その横の階段を上ると、二階が「犯罪博物館」になっている。ここには、凄まじい展示品が何百というケースに飾られていた。
まず、目をひくのは樹脂加工され、こげ茶色に変色した、四体の凶悪犯罪者の死体標本だ。なかでも「シーウィー」死刑囚には人気が集中しており、意外と多かったタイ人カップルの注目の的になっていた。「こいつが、シーウィーか」――。前歯の抜けた、間抜けな生前の写真とタイ語で書かれた彼の履歴のようなものを、真剣に見ているタイ人の多さにここの人気の高さをあらためて実感した。
その他の展示標本は、心臓の弱い方、気の弱い方お断りのものばかりで、銃弾が通過した頭蓋骨が数十点、犯罪に巻き込まれ血まみれになった洋服、子供の死体が押し込められていた壺とその当時の写真、切り取ったタトゥー(刺青)の入った皮膚――などなど。また、引きちぎれたのであろう腕や足がそのままホルマリン漬けになっている。
なかでも一番強烈だったのは、人間の顔(頭)を縦に真っ二つに切断した断面標本。目が開いているのがなんとも恐ろしい。また水痘症の子供の標本には飴や小銭が収められていた。
ほかには、麻薬が何百錠もケースに展示してあり、さらに奥の方には事件、事故等で亡くなった方も遺体写真が百枚程は飾ってあった。切断された首、車にひかれ頭が半分とんだ子供、腹を引き裂かれ飛び出た内蔵などなど、隅々までくまなく見て歩いた。
次の目的地は「犯罪博物館」から徒歩一分程離れた「医学博物館」だ。同博物館は、木造校舎を思わせる建物の三階にある。階段の壁にはタイの医学に貢献した人々の肖像画が飾られてあった。博物館自体は、標本室といった方が適切な感じだ。標本数は「犯罪博物館」より多いが、話題性に欠けるためか、訪問者はほとんどいない。
まずは、展示してある骸骨を見学、一体ずつ立派なケースに収められている骸骨にはその生前の写真と名前が掲げられている。他にも写真と名前入りの解剖遺体があるのだが、それらは全て、医療関係者の献体によるものだそうで、死後、自分の身を研究の材料にしているのだ。その医学への貢献には頭が下がる思いがする。
この博物館に最も多く展示されている標本は、奇形として生まれた赤ん坊のホルマリン漬けだ。シャム双生児にも多くの種類がある。ヴェトナムのベトちゃんドクちゃんのように腰あたりでつながっているもの、胸から腹にかけ抱き合うようにつながっているもの、一つの身体に頭が二つあるものなど、いろいろなシャム双生児が並んでいる。五〇体近くはあるだろうか、圧倒された私はだんだんと気がめいってくるのがわかる。その夜、夢にシャム双生児は出てこなかったものの、脳裏にはしっかりとその光景が刻みこまれていた。
数々のホルマリン漬けのなか、右奥にはおそらく医師であったであろう女性の、五センチ刻みに切断された頭からつま先までの部位標本がズラリと並んでいた。ここには数えただけでも二十五人近くの医師の献体がある。医学に興味のある人にはゆっくりと観察して欲しい博物館だ。
※「犯罪博物館」「医学博物館」は写真撮影が禁止されています。
鈴木美江
|