サムットプラカン汚水処理プロジェクト問題(上)
漁村への汚水廃棄に住民反発
計画地移転に政治家の影
サムットプラカン県クロンダン区はバンコクから二時間弱の距離にある。場所柄、首都の郊外として発展した典型的な地方都市のようにも見えるが、住民が言うところの「経済危機にも影響を受けなかった」という産業である、漁業で発達した地域だ。
交通量の多いスクムビット通りに面した船着場から船に乗り、運河に沿って集落の間を抜けると景色はマングローブ林に民家が点在する漁村に変化する。この町の海岸沿いは、淡水と海水が交じり合う汽水域であり、人々はその自然を利用し、古くから漁業で生計を立ててきた。貝やエビの養殖、魚介類の加工業、塩の製造、そしてこうした製品の運送・仲買など、クロンダン区に住む三千世帯三万人の約七〇%が、こうした漁業と関連産業で現金収入を得ているという。今、第一次産業に依存するこの地区に、突然、工業排水を処理する施設の建設が持ち上がっている。地域住民は、「プロジェクトは無謀で汚職も絡んでいる」と主張し強く反対する姿勢を見せている。
サムットプラカン汚水処理プロジェクト
今この地区に、工業排水を含む汚水を処理する施設の建設が、タイ公害管理局(PCD)によって進められている。予算の一部にはアジア開発銀行(ADB)や、旧海外経済協力基金(現国際協力銀行・JBIC)からの借款があてられる。このプロジェクトの予算総額は約二百三十億バーツ。うち、ADBからは二億三千万ドル(約九十二億バーツ)、海外経済協力基金からは六十八億円(二十五億バーツ)の融資が決定している。
同汚水処理プロジェクトは、クロンダン区の汚水処理施設と百数十キロから二百キロに及ぶ汚水収集パイプライン設置を主な内容とし、建設が進んでいる。プラントは地区の家庭排水と工業排水を処理する。汚水はバンプー工業団地だけでなく、チャオプラヤ川の両岸にある何千もの工場からも集められる。水は沈殿池で処理された後、約三キロメートルの排水管を通してタイ(シャム)湾に排出される設計だ。
水産物の一大生産地
五月末、汚水処理場に反対する住民の案内で、周辺の運河や海での漁業を見学した。
貝を取っていた男性は、「一日三時間ほどしか作業しない。それでも、三百バーツほどの貝やエビが取れて生活には困らない」という。別の人は腰までの浅瀬で、竹棹に柴を結びつけた簡単な仕掛けを使い、大量のエビを取っていた。こちらも「一日数百バーツの収入になる」という。運河沿いにはムール貝の加工工場が続いている。海からは次々と船に満載されたムール貝が運び込まれ、缶詰用に下処理が施されている。
大きな貝は、労働者が手で一つひとつ殻を取ってから塩漬けにされている。水揚げされる貝の一部はトラックに積まれ、バンコクを主とするタイ各地に運ばれ、レストランや一般家庭の食卓に上っている。
不透明なプロジェクト地移転
PCDはプロジェクト地を、元々予定されていたバンプー区とバンプラコ区から、クロンダン区に変更した。理由は、建設を請け負う企業連合体が、提案された二カ所では適した土地を見つけることが出来なかったからだという。
一方、「看板が掲示された一九九八年になるまで、私たちはプロジェクトについて何も知らなかった」と、クロンダンで漁業と養殖を営むチャラオ・ティムソンさんは話している。また、住民の入手した記録によれば、PCDはクロンダンの土地を一ライ当たり百三万バーツで購入している。
しかしバンプレー土地省事務所によると、クロンダンの公式土地価格は当時一ライ当たり四十八万バーツである。実際の売買価格は土地省の公示より更に安い、と地元の人は話している。その上、クロンダンの住民は、プロジェクト地が移転した真の理由は、売買された土地が有力な政治家とつながりを持つ企業によって所有されていたためだ、と信じている。
「この企業はゴルフコース建設を計画していましたが、定期的な洪水のためこの地域が海に沈むことを知り、計画を撤回しPCDに土地を売ったのです」。建設を請け負っているのが、政治家とつながりの深い企業の連合体であることについても、「当初の計画では、汚水処理施設を工場の近くに設置することになっていました。クロンダンはそれらの工場からずっと離れており、より多くのパイプを敷設しなければならないのです。建設会社はパイプを引けば引くほど、多くの金を得ることができます」とチャラオさんは話している。
住民の間では、汚水処理施設によって大きな環境への影響が起きると不安を持っている人が多い。大量の淡水が流れ込むことにより、汽水域の生態系に大きな変化を与える可能性があるからだ。地元の漁師たちは、「雨季の淡水の多い時期は、貝もエビも成長を止める。もし大量の淡水が流れ込んだら、乾期の水揚げはどうなるのか」と口を揃える。それは、漁民の生活にとって致命的な打撃となる。
また、この施設は、工業団地からの重金属や有害物質を含む汚水を受け入れる。住民は、処理しきれない重金属により、環境破壊が起きるのではと懸念している。
クロンダンでレストランを営むダワン・チャンタラハッサディさんも、「私たちの町は、農業・漁業地域に指定されており、工業地域ではありません。私たちには仕事があり、飢えたこともない。私たちの生活はタイの経済危機によっても影響を受けませんでした」と言う。彼女は、なぜ工業排水が工業地域で処理されず、多くの人が漁業を営む海に持ってこられて捨てられるのか理解できない、と強く非難する。
今年五月にチェンマイで開催された、第三十三回ADB年次総会において、二百人を超える住民がクロンダン区からプロジェクトに対する抗議のために集まり、ADBの理事らに問題の深刻さを訴えた。反対住民はまた、新しい憲法の元で作られた国家汚職制圧委員会(ポー・ポー・ポー)に、土地取引で不正を行った疑いのある政治家を、科学技術環境省を通して提訴し、プロジェクトの問題を公にするため働きかけている。
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