夏期特別レポート
タイの動向を読む(中)― 経済編 ―
投資申請急増が経済回復の予調
本格回復は来年後半か
タイ政府がバーツ相場を管理フロート制に移行し、アジア通貨危機の引き金を引いたのが九七年七月。あれからすでに三年が経ち、タイ経済は危機的状況を脱したものの、回復のスピードは遅く、第二の危機すら囁かれている。だが一方で、再び高度成長しそうな予調も見えはじめている。タイ経済はこのまま失速してしまうのか、それとも低迷から離陸できるのか、マクロ経済データを中心に読む。
経済回復に寄与しない内需
昨年後半から今年初めにかけて、タイ経済の回復観測が強まり株価が上昇した。これはマクロ経済指標が改善したためで、内外のエコノミストやビジネスマンの間に「タイ経済はこのまま回復していくだろう」とする楽観的な見方が広まった。しかし、それらの期待が外れ、タイ経済に失速感が出ている。
タイ中央銀行の統計では、九八年に前年比マイナス一〇%に落ち込んだ工業生産指数は、九九年には一二・五%上昇し、今年もそのまま順調に伸びるものと見られた。ところが今年に入ると月を追うごとに伸び率は低下し、六月はわずか一・四%に止まった。
製造業の設備稼働率も六月で五六・三%とほとんど改善されていない。業種別に見ると、特に食品(二九・八%)、飲料(三四・六%)、輸送機器(四四・一%)、鉄鋼(四八・〇%)といった内需型産業での稼働率の低さが目立つ。
八〇年代後半の円高、その後のタイ政府による金融自由化を契機に、タイの経済成長の原動力ともいえる外国資金が大量に流れ込んだ。それらの資金の多くは当初、輸出目的の生産設備建設のために利用された。
これらの投資によって経済が活性化すると、輸出に加えて内需を狙った投資も増え、自動車、通信、鉄鋼など内需狙いの大型投資も行われるようになった。外国資金は地場金融機関を通じて不動産開発にも流れていた。タイに流入していた外国資金は、労賃の安い輸出拠点建設のためだけではなく、経済成長で拡大した内需も狙っていたのだ。
だが、投資ブームと金融緩和でタイの内需はバブル化していた。その実態は内需型産業の設備稼働率の低さを見ればわかる。企業が期待していた内需の大きさに比べて、現状の内需はほぼ半分の規模でしかない。
内需狙いの企業は、高度経済成長期に巨額の資本財を輸入したところが多いが、バブル経済の破綻による内需縮小とバーツ相場下落による対外債務膨脹で、ほとんどの投資回収計画が狂った。外国企業の負債は本国からの送金によって清算されたが、地場企業の場合は金融機関の不良債権に形を変えて残っている。
内需狙いの企業の中にはバーツ相場下落を生そうと輸出転換の努力をしてきたところもある。しかし一部の企業を除いて、内需縮小を補えるほどはうまくいっていないようだ。タイ市場向けの製品では品質面から先進国市場を狙うのが難しいし、東南アジア市場はどこもタイと似たようにバブルが崩壊した。また国際企業では、往々にして優良な外国市場には自社グループ企業が存在し、なかなか本社が輸出を認めない。
内需狙いの企業にとっては、激しい競争を仕掛けて国内で他社のシェアを奪うか、あるいは経済成長で国内市場全体のパイが拡大するのをコストダウンしながら待つしかない。いずれにしろ内需狙いで進出した企業がタイ経済回復に寄与できるチャンスは小さい。
止まらない外貨返済
タイ経済の回復は輸出産業の動向にかかっているのである。輸出と言うと輸出増加率が注目されるが、タイの経済回復に重要なことは、輸出によってもたらされる経済効果の大きさだ。これは既存企業と新規企業で内容が異なる。
既存企業の場合は、輸出による収益が、国内での再投資や従業員の賃金上昇などタイに付加価値としてどれだけ落とされているかを見る必要がある。
今年一―五月の貿易収支は三十四億ドルの黒字で、これに観光収入や援助などを加えた経常収支は五十一億ドルの黒字となっている。タイは国としてこれだけの外貨収益を上げたということだ。
ところが、この外貨収益は現時点ではあまりタイに残っていないようだ。輸出企業は九〇年代半ばに外貨借入を利用して設備投資をしており、外貨収益はその返済に使われている。あるいは日本企業のように本国から負債清算のための資金を得たところは配当として本国に返しているはずだ。この結果、一―五月の民間資本収支は六十七億ドルの赤字となり、国が対外取引から得た利益といえる国際収支は二十五億ドルの赤字となっている。
民間企業の対外債務は五月末で五百四十億ドル。これは九八年に比べて二百億ドル減少したが、まだ高水準でありさらに返済が続けられることになるだろう。
一方で、外国金融機関は新たな融資には極めて慎重だ。特に地場企業に対しては、大企業であっても融資を渋っている。タイの不良債権比率は低下したといっても六月時点で三二%と高い。これら不良債権を抱えている企業はほとんどが地場企業なのである。今や地場企業の信用は極めて低く、地場銀行でさえ運転資金以外は融資しない。銀行融資残高がずっと前月比でマイナスを続けているのはそのためだ。
九〇年代半ばまでは資本財輸入が重なり、貿易収支は国内総生産(GDP)比八%以上の赤字となった。それを埋め合わせていたのが外貨借入だ。通貨危機後はこれと逆の現象が起きている。今年は経常収支がGDP比で六%以上の黒字になりそうだが、そのほとんどが返済に回されそうだ。この借金が無くならなければ、既存輸出企業の外貨収益はタイ経済回復に寄与しないだろう。
急増している投資申請
輸出企業の中でも、新規企業の場合は経済回復への寄与が既存企業と異なる。投資によって工場建設需要が発生し、また新たな雇用が生まれるからだ。その分だけタイに落ちる付加価値が増加し、経済成長につながる。
通貨危機後のしばらくはタイの経済は混乱し、投資も低迷した。投資委員会(BOI)への投資申請を投資ブームだった九五年と通貨危機最中の九八年で比べると、件数は半分、投資額は四分の一に減少した。
この投資申請の増加傾向が著しくなったのが九九年後半からだ。今年上半期の数字から予測すると、今年通年で件数が九五年並の千三百件となる。投資金額こそは九五年の半分程度の四千億バーツだが、創出雇用数は九五年並の三十万人となりそうだ。これは九九年の二倍にあたる。今年の投資申請の内、輸出比率八割以上の計画は四〇%に及び、九五年の二四%を上回っている。
投資申請がこれだけ増え、またその多くが輸出を中心とする企業ということが、タイ経済の将来に明るい光を当てる。これらの投資申請が実行に移されれば、建設需要と雇用創出によってタイの内需も拡大する。現在は低迷する内需狙いの企業も息を吹き返す。
これらの投資申請は、日本や米国経済が急激に悪化したり、タイが極度の政情・社会不安に陥いらない限り、大部分が承認され、実行に移される。バーツ相場下落、失業増大、不動産価格下落、インフラ整備でタイの投資先としての魅力は高まっており、特に外国企業の投資意欲は強い。総選挙に絡んでバーツ相場が不安定になり、投資を見合わせるところが出てくるかもしれないが、それは一時的な状態に過ぎないだろう。
遅くとも来年初めには新政権も安定する。その頃には実行に移される投資計画も増え、来年後半には多くの企業が操業を始めるはずだ。これらのことを考慮すると、タイ経済は来年後半以降に本格的な回復を迎える可能性がある。それと同時に内需も徐々に拡大することになる。
(水谷 昇 記者)
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