総 合

モントリ社会行動党元党首、死去 

肺ガンが脳に転移、主治医が発表  享年57歳


 モントリ・ポンパニット元社会行動党党首が今月十二日午後八時過ぎ、ガンのため都内バンケンの自宅で死亡した。享年五十七歳。主治医のポンチャイ・チッタナンウィタヤ医師によれば、モントリ氏は、今月十日、肺ガンが転移し脳に腫瘍ができているのが判明したことから、自らの希望で入院先のラチャウィティ病院から自宅に戻っていた。

 同氏は一昨年、肺ガンと診断され、左の肺の一部を切除する手術を受けたが、昨年二月に再び肺にガンが見つかり、放射線治療を受けていた。また、今年に入ってからは、ガンの転移が確認されたため、二月にラチャウィティ病院で治療を受け一度は退院したが、先月容態が悪化したため再び入院していた。

 今月十二日夜には、訃報を聞いて元閣僚など社会行動党幹部がモントリ宅に弔問に駆けつけた。また、大勢のマスコミ関係者もニュースを聞きつけ集まってきた。報道陣は邸内に入って取材することは許されなかったが、主治医が表まで出てきて、モントリ氏が死亡したことを発表し、病状などに関するコピーを配った。同氏は以前からエイズに感染したと噂されており、このため、主治医が敢えて死に至る経過を詳しく説明したとも考えられる。

 モントリ氏はアユタヤ県出身で、これまでに何度も下院議員選挙に当選、十一回にわたり閣僚を務めた。同氏はバンコクに近代的な高速道路、大量輸送機関を建設することにことのほか熱心で、運輸通信相時代には、ホープウエル社に大量輸送機関建設計画を発注し、事前の検討が不十分だと批判を浴びたこともある。一般道路と鉄道の二層高架システムを建設するというこのホープウエル計画は結局、ホープウエル社の財政問題で実現しないままになっている。

 モントリ氏は、九七年半ばの通貨危機に伴う深刻な不況でチャワリット・ヨンチャイユット新熱望党党首が首相の座を追われた後、社会行動党の党首として、チュアン・リークパイ民主党党首を首相に推し、現内閣の誕生に重要な役割を果たした。

 社会行動党は、モントリ氏が健康上の理由で党首を退いた時点ですでに求心力を失っており、今回同氏が死去したことで、次期総選挙に向け議員の他党への移籍がさらに加速すると予想される。


[BANGKOK SHUHO]