総 合

パクムン・ダム 
抗議行動に新たな動き

環境保全、地域開発を前面に


 ウボンラチャタニ県パクムン・ダムでは先月十五日から、千人を超える漁民による抗議行動が続いている。二十八日にはこのうち三百人がチュアン首相に明確な回答を求めるため上京。この時、用意したハシゴで首相府内に侵入するなど、デモの過激化が懸念されたが、バンヤット副首相兼内相が、問題解決のための特別委員会設置を決めたことで、事態はとりあえずは好転の兆しを見せている。住民らの政府に対する不信感は根強いものの、「ようやく最初の一歩を踏み出した」との評価も受けており、今後の行方が注目されている。タイでの住民運動の「代表格」ともいえるパクムン・ダム問題の経緯を振り返りながら、この運動の持つ意味を探ってみた。


政府、特別委員会設置へ

 パクムン・ダムはタイ東北部ウボンラチャタニ県内を流れるムン川に水力発電を目的として建設されたものだ。ムン川はラオスとの国境を流れるメコン川の支流であり、ダム建設場所はメコンとの合流地点から約六キロほど離れた地点。着工は九〇年、そして九四年に操業を開始している。

 タイ発電公社による着工前の説明では、ピーク時の発電能力は百三十六MW、さらに十万ライの土地が潅漑用水の恩恵を受け、漁獲量も増えるため、地域への貢献度は非常に高い、というものであった。

 しかし実際にダムが完成すると、世界各国のダムの評価を行っている世界ダム委員会(WORLD COMMISSION ON DAM)から、操業後の実態が事前の説明と大きく異なっているとの評価を受けることになった。

 まず発電に関しては、発電電力量が当初の目標値を大きく下回ることが分かった。というのは、パクムン・ダムは貯水池をもたないタイプのため、川の水量により発電量が大きく左右するからだ。電力需要の増える乾季は川の水量が減るため、発電量が落ち込むという、皮肉な結果となった。

 また潅漑にほとんど貢献しなかっただけでなく、漁業への悪影響がかなり深刻なものとなった。それまでの淡水魚が産卵のため、ムン川を溯るという自然のサイクルがダムによって崩されてしまったのだ。このため、ムン川の魚は激減することになってしまった。これはコンケン大学の調査でも同様の結果が出ている。

 この漁業への打撃が、その後の大規模な抗議行動へと発展していく最大の理由となった。

 それまで漁業により生計を立てていた住民はダム完成後、生活がいっきに悪化。年間平均四万バーツあった世帯収入は六千バーツにまで落ち込んだ。といって、その減収を補う仕事が簡単にみつかるわけではない。生活の基盤を失った漁民らは、途方にくれることになった。

 これに対して、タイ発電公社では、「すでに補償は済んでいる」と繰り返すばかり。漁民三千九百九十六人に対して一人当たり九万バーツ――というのが補償内容だ。しかし補償の対象となっているのはダム工事期間だけだった。

 公社側は、魚がムン川を溯るための処置は講じており、またエビや魚の養殖も立ち上げたため、漁業環境は以前と同じであるとして、補償の必要性を認めなかった。このため漁民らは「座り込み」などの抗議行動を通じて、政府に補償を求めていくこととなった。

 そして、チャワリット政権時にようやく、「ダム建設により漁業は長期にわたり打撃を受けた」との主張が認められ、政府はこの分も補償をすることを約束。そしてこれから具体的な補償内容を検討しようとしている時に、経済悪化の責任をとるかたちでチャワリット首相(当時)が辞任。そしてその後を継いだチュアン政権で、この約束は撤回され、抗議行動はまた振り出しに戻ることとなった。


抗議行動で戦略変更

 漁民の損害は一人当たり三十万バーツに達する、との試算もある。実際、彼らは最初、損害賠償を要求の骨子としていたが、ここに来て「戦略」に変化がみえている。

 というのは、魚が産卵のために川を溯る時期にダムの水門を全開することを要求の中心としたのだ。つまり、一時的な補償ではなく、川の生態系を以前の状態に戻し、将来にわたり漁業を継続できる環境を整えることを前面に掲げることにした。

 これにより、パクムン・ダム問題は補償だけでなく、環境、そして地域開発といったよりグローバルな観点から検討することが必要となった。

 バンヤット副首相兼内相は、問題解決のために、住民代表と政府代表による特別委員会を設置することを決定したが、委員は住民の要求を受け入れ、発電公社の関係者は参加させず、政府側委員の大半を、大学教授など学識経験者とした。漁民らは戦略変更が、功を奏したともいえそうだ。

 今回の政府の対応だが、「御意見番」として著名な社会評論家のプラウェート氏は、委員会の設置、特に政府代表の人選を高く評価。政府側委員に推挙されたカセサート大学チェッタ教授は、「学問で社会問題の解決に貢献できる」と、早くも熱意を示している。

 「ようやく最初の一歩を踏み出すことになった」とチェンマイ大学ニティ教授はコメントするが、このパクムン・ダム問題は、今度のタイの住民行動の「規範」になるともみられるだけに、その行方が注目されている。

(倉林義仁記者)



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