注目される タイとラオスの大学、JICAの三者協力プログラム
インドシナ半島の中央部に位置するラオスは、中国、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、タイという五つの国に囲まれ、海には面していない人口約五百万の小国である。正式国名はラオス人民民主共和国(LAO PDR)で、七五年十二月にパテト・ラオ(ラオス愛国戦線)が国王を追放して建国した。東南アジアではベトナムと並ぶ社会主義国である。チンタナカンマイ(新思考)と呼ぶ経済開放政策を八六年十一月の人民革命党第四回党大会で決めた。九一年末にソ連邦が崩壊、旧ソ連からの援助がストップした。だが、日本などが援助した発電所からの電力をタイに輸出するのが最大の外貨収入であるなど、現在もほとんどを経済援助に頼っている。九七年から九八年にかけて一米ドル一千だった通貨のキップが一万キップ弱に暴落したが九九年九月から現在までは一ドル七千五百キップで落ち着いている。
米ドルに直すと公務員で月十三米ドル、大学学長で月二十米ドル程度。こんな給与ではラーメン二十杯かビール十七本、ガソリン五十リットルしか購入できないにもかかわらず、国民は平然としており、街は落ち着いている。東南アジア諸国連合(ASEAN)に九七年に加入したが、国際会議に英語で出席できる人材も少ないので、年数百回開かれるASEANの会議参加も大変なようだ。
一九九五年六月、ラオス政府は教育面に注力する一環として、アジア開発銀行の大学改革計画に沿ったラオス国立大学を創立することを決めた。従来からの三つの大学と八つの高等教育機関が統合されて一年後の九六年十月から最初の年度がスタートした。現在ラオス国立大学には一万一千人の学生がおり、最も多い工学部には現在約三千五百人が学んでいる。
工学部の前身は、高等電子技術学校で、一九七七年に日本の無償援助約三億円で開校され、九三年度には六億三千九百万円の追加無償援助で教育設備の追加が行われている。また、保健省傘下の医科大学がラオス国立大学医学部に、法務省傘下の高等法律学校が同法学部になった。
JICAの池田進氏が仕掛け人
JICA(国際協力事業団)専門家として七七年に開校された高等電子技術学校に関わり、その後もほとんどビエンチャンにJICA専門家として駐在している池田進さんという人がいる。同氏は、ラオス国立大学工学建築学部のソムコット学部長に対し、ラオスとタイのJICA、そしてかつて日本の援助でできたタイのモンクット王工科大学(KMIT)と組んでラオスで人材育成のプロジェクトをしてはどうかとアドバイスした。そして、池田進さんとソムコット学部長は九七年十一月にバンコクのモンクット王工科大学ラカバン校(KMITL)を訪問したところ、KMITLのプラキット工学部長(当時)や同コンピュータエンジニアリング部長のウィボン氏らから、「是非協力しましょう」と前向きの約束を得た。
そして九八年九月にラオス国立大学(NUOL)とKMITLは覚書に調印、そこで九八年十一月に「ラオス人教員の育成予算」をJICAに申請している。そして九九年六月にはタイとラオスのJICA(国際協力事業団)も同席して三者による教育事業がスタートした。
日本人講師をラオスに多数派遣するのはコストがかさむが、隣国のタイからタイ人の講師ならコストが安くすむ。また、タイ語で授業をしてラオス人は九八%以上を理解するという。
九九年六月十日、ラオス国立大学とKMITL、タイとラオスのJICAという四者による覚書では、一カ月か四週間の集中講義をする中期(半年間)教員を二人派遣する他、短期で年に十六人、すべてタイ人教員を派遣する。その一人であるソムサック助教授をラオス国立大学内に訪ねた。ソムサックさんは現在四十歳。ハジャイ出身でKMITLから英国ロンドンに留学した。九九年三月から八月までラオス国立大学に滞在、二〇〇〇年の現在は二回目の滞在中。
「JICAの人づくりプロジェクトに参加できていることを誇りに思っています。私はエレクトロニクスを担当し、もう一人のタイ人の先生がコンピューターについて教えています。十二人の二十二歳前後のラオス人が生徒です。タイ語の方が難しいので、ラオス語で答えてもらいます。タイとラオスは文化も近く、何事も理解しやすいと思います。いずれにしても英語で授業を行うよりはよほど楽に技術指導が進んでいると思います」とソムサック助教授。
九九年十一月二十五日にはラオス国立大学で三者から二十余人が参加して初の合同会議を開き、今後の進め方なども議論した。ラオス国立大学工学建築学部のソムコット学部長はモンクット王工科大学(KMIT)のラカバン校の電子工学部学部長(助教授)タウィル氏らが、ラオスの近代化に寄与する重要なプロジェクトであるとの認識で一致した他、JICAの資金支援に対して感謝した。
二〇〇〇年一月には故小渕前首相もここを訪問、市場経済開放支援や人材育成支援について約束しているが、今後のこのプログラムの進展に期待したい。
(アジア・ジャーナリスト 松田 健)
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