タイ上院選
下院総選挙に課題残す
公民権停止におびえ、記録的な高投票率
政治色は排除できず
タイ初の上院選挙は記録的な高投票率を残し、終了した。新憲法下での上院は下院の「お目付け役」としての役割が期待されており、そのためどの程度の中立性が保てるかが注目されていたが、ふたを開けてみれば、政党色の強い当選(確実)者が約半数を占めることになった。しかしその半面、NGO活動家や有識者の政界進出も目立っており、政治改革に向けての明るい材料も出ている。一方、今回の選挙では下院選挙と同様、買収・脅迫などの不正行為が横行することにもなった。現在、選挙管理委員会には続々と選挙違反の訴えが届いており、すべての当選者(上院定数二百議席)が正式発表されるまでには、さらなる紆余曲折がありそうだ。
今回の上院選挙でまず特記すべきは高い投票率を記録したことだろう。全国平均(三県を除く)は七一・六四%、県別の投票率では最高が南部クラビ県の八三・一九%、最低は中部ペチャブン県だが、それでも六一・九三%という高率だ。
この高投票率の背景には、「上・下院選挙を正当な理由がなく棄権した場合には公民権の一部が停止される」との条項が新憲法に初めて設けられ、選挙を権利ではなく義務と規定したことがある。ここで停止される公民権の詳細についての広報が不十分だったことから、噂が噂を呼び、「パスポートが申請できなくなる」「自分名義の店がもてなくなる」「住民税が増額される」「行政施設の使用が制限される」――などのデマが飛び交うこととなった。
これが有権者の不安を誘うことになり、これまで選挙にまったく関心のなかった者まで投票所へと足を運ぶことになっている。出稼ぎ者の多いバンコクでは投票日前日の三日夜、バンコク中央駅や長距離バスターミナルが帰省客で大混雑することにもなった。
ところで実際に停止される公民権は(1)下院議員・上院議員・地方議会議員などの政治職に立候補できない(2)法律制定を要求するための署名ができない――など八項目で、政治に無関心な層にとってはほとんど縁がないともいえるもの。今回、政府内からは「国民の政治意識が高まった」との声も上がっているが、本当のところは年内に実施が予定されている下院選挙の結果を待つことになろう。
一方、上院議員名簿の正式発表は今月中旬以降になる見通しだが、現在発表されている当選(確実)者の顔触れをみる限り、政党と関係のあるとみられる議員が多数選ばれており、民主化団体が叫んでいた「政党色排除」は実現しなかった。
新憲法下の上院には、法律審議に加えて、閣僚・議員や裁判所長官などを罷免する権限も与えられている。罷免には上院の五分の三以上の賛成が必要であるが、罷免された者は以後五年間、政治上の役職に就くことが禁じられる。
このため各政党が少しでも自陣営に近い者を上院に送りこもうと躍起になったという面もあり、タイ字新聞『マティチョン』紙では、「当選確実者の半数近くが政党に関係している」と分析している。
しかしその半面、NGO活動家・学者・法律家などの進出も目立っており、「政治家・官僚・地方ボスの影響力は以前として大きいが、そのことに飽き飽きし、民間人の政治参加を望む層が確実に増加している」(マティチョン紙)ことも明らかになっている。これは今後の政治改革にとって明るい材料ともいえるだろう。
タイの選挙では買収・脅迫・殺人などの不正行為は付き物であるが、今回の上院選挙も例外ではなかった。落選した立候補者が配った金の返すよう選挙民に迫ったという冗談のような話もある程だ。
選挙管理委員会には現在、票買い・学歴詐称・有権者への贈答などの選挙違反行為があったとする訴えが四十件近く届いている。選挙管理委員会チェンライ県支部では「選挙をやり直さないのなら総辞職する」と息巻き、また中部チャイヤプン県ではすでに選挙やり直しの検討を始めるといった具合だ。 三月八日現在で選挙管理委員会が正式に当選者を発表したのは七十六県中十一県に過ぎず(上院選挙は県単位の中選挙区制)、このうちバンコクでは三人が「灰色」として当選発表を保留されている。このため現上院の任期が切れる今月二十一日までに上院定数二百人のすべてを正式に発表できるかどうかは微妙な状況となっている。
このほか開票でも各県で問題が続出。北部チェンマイ県では票を数え直したところ、当選確実者が今度は落選したため大もめに。また東北部コンケン県では十回以上数え直し、その度に結果が違うなど、選挙の信頼性を著しく低下させており、開票体制の不手際を露呈することになった。政府内からは「それでもインドネシアよりはマシ」と、開き直りのような発言さえ出ることになっている。
不在投票の違憲論議も浮上するなど、今回の上院選挙は次期下院総選挙に向けて、多くの課題を残すことになったといえそうだ。
(倉林義仁記者)
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