ベトナムの避暑地
ダラット訪問記
ホーチミンから車で北に向かうこと五、六時間、プロペラ機の定期便に乗って四十分ほどで、海抜千五百メートルにあるダラットに着く。ここは、フランス統治時代に避暑地として開発されただけに、あちこちにダラット教会などの教会、フランス風の建物があふれている。
ベトナム政府ではダラットの観光開発に力を入れており、ダラット中心部にあった大きな公園だった丘さえも、反対派を説き伏せてゴルフ場にしてしまった。ダラットは、ここがベトナムかと思わせるベトナムの別天地であり、バラ、アジサイなど、日本では春夏秋冬に分かれる花が同時に咲いている。イチゴやブドウ、柿などが多く、干し柿の産地でもある。
ダラットが属するのはベトナムでハノイなどの特別市を含め六十一ある省の一つであるラムドン省で、省内に約百万人が住んでおり、ダラットに約二十万人がいる。このあたりの土壌は赤土だが、水はけは良い。山が斜面であるため、各農産物を栽培するのに適した土地が選べることが特徴。だが、ダラット中心部を少し離れるだけで道路事情は悪く、停電や電圧が不安定な状態も続いているなどインフラはまだまだの状態にある。
農産物投資を優遇する ラムドン省
ラムドン省外国投資部のユン副局長によると、これまでにダラットにホテル等を含み外資は四十一件が進出しているが、内三十件が農業関連である。農業関連ではこれまでに外資が六千九百八十万米ドルを投資、年に千五百万ドルの生産高がある。
日系企業はダラットに六社が進出しており、内三社が一〇〇%出資で進出、合弁会社も三件ある。うち一件が娯楽施設の進出だが、残る五社は花卉、キノコ、野菜などの農業関連。「最初の四年間は法人税を免除、さらに十五年間の減免措置など、外資の優遇政策を整えていますのでもっと日本企業に進出して来て欲しい。ワンストップセンターがあり、投資手続きを簡素化させ、三十日以内で認可します」(同)としている。
九〇年代に入って、フランス統治時代に建設された高級ホテルのパレスホテルがソフィテル、ダラットホテルがノボテルと、二つのホテルがアコーグループ経営の高級ホテルに改装された。など外国人観光客の受け入れ体制はできた。ダラットには温泉もあり、フィリピンなどで成功している日本人の定年退職者などを誘致する「退職者村」が作れないだろうかと聞かれた。
少数民族も優遇している
ベトナムでは、人口の九割を占めているキン族の他、一千万人近い五十程の少数民族がいる。高原のダラットにはラットという少数民族六千人程が住む村がある。ダラットの名前もこの民族と関係してつけられている。元来はベトナムの北の方に来た彼らがベトナム政府の定住政策によりダラットの中でも高い丘にあるこの村に移ってきた。ラット族だけではなく、村の小さな商店を覗いてみると、キン族の家族の店であり、他民族も少しミックスしてきている。キン族の青年が村の少年少女の似顔絵を書いて喜ばせていたり、「お正月にはタコあげてコマをまわして遊びましょ」といった日本で昔なつかしい風景にあふれていた。
この村には、家族の誰かが亡くなると、死後三年間は家の横の一角に死体を置いて骨にしてから埋葬する風習がありその場所も残っている。しかし今では山からの水を利用した水道や電気も引かれている。
観光スポットが少ないダラットの魅力を補完する場所として外国人観光客も訪問するようになったが、外国人は無断でこの村に行けない。もちろん見つからなければ別だが、普通はガイドや旅行会社などが当局から許可を得てから案内される。村に入る前に訪問をつげるためのチェックポイントがある。
村の村長さんに面会することも可能で、フランス語ができる村長さんは、古い自作の楽器を使った音楽を聞かせてくれる。ベトナム北部に住んでいた彼らは、政府の定住政策で南のこの地に移されてきた。村にはすでに電気も敷設されているが、主には農産物の栽培で生計を立てている。穀物や野菜栽培もしているが、とりわけコーヒー豆の栽培に熱心である。コーヒー豆で立派な家が立つと言われているので各戸とも生産に力を入れていた。
アジアジャーナリスト・松田建
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