経 済

タイ発 私の経営法

二種類ある決断力
縫製・販売業…木全淳さん(33)


 「異国で自社を立ち上げる」―タイでもこの大望を実現する日本人は多い。また駐在員であれ、現地採用者であれ、一旗挙げようとビジネスチャンスを伺う者も数多いことだろう。しかしグローバル化による競争率の急増、そして九七年に経済危機が起きてからは、個人経営者へかかる負担は一層重くなり、大半が生き残りに必死なのが現状である。このコラムでは、その背景の中、自ら築いた経営法で事業に挺身する人々を紹介する。


 百九十九バーツTシャツ。半値の九九バーツものがタイ市場を占めていたなか、木全さんはこの縫製と販売を決心した。

 「チャトゥチャック市場などで売られている格安Tシャツは、プリント柄にバラエティがなく、仕上げも良くない。Tシャツなら資金的に見ても始めやすいので、そこで質の良い、柄に凝ったTシャツを販売しようと考えた」

 そこで縫製業の中心地、香港に飛んだ。市場研究をしながら、材料費や人件費などのコストが比較的安いバンコクに、製造拠点を置くことにした。

 「半値の商品に対抗するために、布地、プリント柄、スクリーンなどにかかるコストを倍費やした。プリント柄は仕上げが良いだけでなく、アニメ・キャラクターなどのデザインが豊富な米国ものを取り寄せた」

 木全さんは九七年、自社「SAYOKO」を設立する。しかし実際に縫製を始めると、様々な問題が浮上した。布の買い付けに行って、ひどい品物を掴まされたり、相場が判らなく損をしたことなどは頻繁だったという。さらに買い付け・販売ルートが整ってきた頃、経済危機がタイを襲った。

 「日本でバブル崩壊を経験していたので、それほど慌てることはなかった。すぐに、抱えていた十数店舗を減らしたが、売上はやはり減少した。一時は九十九バーツTシャツ販売も頭を過ったが、限界まで百九十九バーツTシャツで粘ろうと思った」

 木全さんは結局、九十九バーツTシャツに手を出さなかった。それが効を奏し、アジア経済が回復してくると、百九十九バーツTシャツは観光客などから好評を博するようになった。また、シンガポール、マレーシア、韓国、香港から買い付けにくる者も出てきたという。

 「タイ人からも人気は出てきている。格安Tシャツより割高だが、その価値観が浸透してきたものと信じている」

 現在、木全さんはチャトゥチャック市場に五店、マーブンクロンに三店を持つ。どちらもTシャツ市場としては競争率が非常に高い場所だが、予想した売上高をキープできる重要エリアだと同氏は説明する。

 「最近は、うちを真似した百九十九バーツTシャツを売る店も並ぶようになってきた。そこで今年は今の三倍規模の工場を立ち上げて、来年から生産能力を1日平均千枚以上に引き上げ、対応していく予定だ」

 最後に木全さん独自の経営法を伺った。

 「経営法と呼ぶほどの事ではないが、私は「早い決断」と「粘る決断」を、上手く使い分けることを常に心掛けています。決断は、早いほうが良いと思われがちですが、私はケチをつけられるまで粘ってから決断して、救われた事が数多くありますよ」   

(工原 友博記者)




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