移動図書館日記

〜巡回寺子屋教室イサーンをゆく〜


1996年8月1日(木)=午後=
ノーンオーノーイ小(後編)

 平屋校舎のろうかにゴザをしき、男女各ひと組になった三・四年生。

 「ひとり三冊読みましょう。三冊読んだら読書ノートへ必要事項をかきこみ、先生(ニッタヤー先生)のところへもってきてください」

 これまでニッタヤー先生は「ひとり二冊」を最低条件としていたが、今回から三冊にふえた。それだけ子供たちが読書になれてきた証拠であろう。

 いつものように文盲の四人(男子三人・女子ひとり)には読める児童がひとりずつつき、一冊の本をいっしょに読んでいる。

 ところでイサーンの村の小学校には、学校をおとずれた人にひとことかいてもらう帳面がたいてい置いてある。ノーンオーノーイ小学校も例外ではない。同小の校長先生はとくにこの帳面をかいてもらうのが好きで、毎回この小学校へくるたびに紺色の表紙の帳面を校長先生がわたしにさしだす。今回で五回目。みじかい文章でいいのだが、もう書くことがない。コラムの連載を義務づけられているようで気がおもい。

 五十分ほどかけてひとり三冊ずつ読みおわると、男子チーム対女子チームで神経衰弱ゲームがはじまった。ニッタヤー先生が男女チームそれぞれへしろい紙を一枚ずつくばった。そしてニッタヤー先生が問題をだす。

 「母の日にあげる花は?」「タイの首相の名前は?」など。

 子供たちはチーム内で相談しながら、さきほどニッタヤー先生からわたされた用紙へ回答をかき、ニッタヤー先生に提出。はやく正解したチームのほうから正面にだされたカードをめくってゆく。

 代表の子供が二枚のカードをめくり、おなじ絵をひきあてたとき、子供たちは腕を上につきあげたり、とびあがったり、大騒ぎだ。子供たちの大歓声が運動場いっぱいにひびきわたっている。

 一・二年生は「動物の子供の歌」や「カオパンサーの歌」などをうたってから読書へはいった。クローンゲーオ先生のためにエム君が、折り畳み式のいすをヨタヨタあるきながら運んできた。

 読書は二十分間。ほとんどの子供が声にだし夢中になって本を読んでいる。だがエム君だけは、本をもっているものの、閉じたまま。となりの子の絵本をのぞきこんだりしている。

 午後二時ちょうど絵の時間がはじまった。

 「『家族』という題名で絵をかいてください」

 クローンゲーオ先生は子供たちに話しかけながら、紙と鉛筆をくばった。

 一・二年生は二十人いるが、十九人までは父・母・兄弟・姉妹の絵をまじめにかいている。ただひとりエム君だけはアイスクリームのような絵をふたつと木らしきものを描いている。しばらくすると裏にも奇妙な絵ーヤシに似た木と山・太陽などーをかきだした。これらのいったいどこが「家族」なのだろう。じつにおもしろい子供だ。

 「これはなんの絵?」とわたしが何度たずねても、「ヒヒヒッ」とエム君はわらうだけだ。鉛筆を口にくわえて。

 午後二時五十五分、最初にあつまった木陰へふたたび全校児童が一堂に会した。ゲーム「ふたりで力をあわせて」の準備がはじまってまもなく、どんよりとした雨雲がひろがりだした。いまにもひと雨きそうだと空をながめていたら、ポツリポツリとおちてきた。風をともない、つよく降る。

 児童たちは校舎のろうかへ移動した。一年生から六年生までの混合で、四チーム(一チームあたり八人。男女各四人)つくった。のこった子供たちは四組に分かれ、各チームの応援団。

 ゲームの前にプリッサナー先生とクローンゲーオ先生がじっさいにボールを額にはさんで見本をみせただけで、子供たちははやくも興奮していた。ゲームがはじまると、各チームの応援団役の子供たちは「はやく! はやく!」と大声で、手をつよくたたきながら選手たちをはげます。

 テニスの硬球を額にはさんであるく距離が午前ちゅうのワングン・ノーンセーンシラー小学校よりみじかいこともあるが、ボールをおとさずにもどってくる子供が多い。

 ゲーム終了後プリッサナー先生が応援していた子供たちにきいた。

 「君たちも選手をやりたいかな?」

 「はい、やってみたいです」

 「でもきょうは雨がふってしまい、場所がありません。残念ですが、つぎの機会にまたやりましょう」

 全校児童たちは元気よくお礼のあいさつをしてから、雨のふるなかを教室へもどっていった。

杉浦 直樹


[BANGKOK SHUHO]