移動図書館日記

〜巡回寺子屋教室イサーンをゆく〜


  第七章 母の日(第五週)


1996年8月1日(木)=午前=
ワングン小・ノーンセーンシラー小

 ニッタヤー先生が右足をひきずっている。足の中指の付け根にできた魚の目が悪化し、昨日(七月三十一日=水=)の午後切ったという。

 「プーヴィエン郡立病院(注)で手術しました。三針もぬって、ゆうべは泣きたくなるほど痛かった」とニッタヤー先生。白い包帯をまいた足が痛々しい。

 ワングン・ノーンセーンシラー両小の児童たちは講堂兼食堂にあつまり、「あいさつの歌」を二回うたってから高・中・低学年の三班にわかれた。

 五・六年生は五人ずつ四つの組になると、プリッサナー先生が各組へ色鉛筆と紙(縦十五センチ・横二十センチ)とハサミなどをくばった。紙はひとり一枚ずつ。色鉛筆はカゴに約三十本ずつはいっている。

 八月十二日はタイ国王妃陛下の誕生日。母の日でもある。第五週の移動図書館で児童たちは母の日のカードをつくることになった。

 「なにを書こうかな」などと子供たちはつぶやきながら、横長の紙をふたつ折りにして作業をはじめた。木・花・太陽・鳥・ハート型の絵や「わたしの大好きなお母さんへ」といった文章で、真っ白な紙を色とりどりに子供たちはうめてゆく。

 用紙の四隅をまるくきったり、紙の四辺を波形にきるなど独自に工夫している子が多い。なかには一向に手がすすまない児童もいる。木を一本あるいは鳥を一羽鉛筆で下書きしただけでぼんやりすわりこんでいる子も。おおざっぱな絵を描く子供もいれば、ひじょうに綿密にこまかい絵をかく子などさまざまだ。

 カードづくりのあとはいつものように読書。全員ひとこともしゃべらず本に熱中している。校長先生が孫のような年齢の男の子とならんですわり、動物図鑑を読んでいる。

 この間にプリッサナー先生が母の日のカードを一枚ずつ採点した。十点満点ちゅう六点や五・五点が大半をしめた。

 「みんなで協力してゴザをしきましょう」

 ボサッとつったっている児童がいるとニッタヤー先生が注意した。

 「ほらほら、そこにいる君も手伝いなさい」

 ゴザをしきおわると、三・四年生はすわって「カオパンサーの歌」をうたってから読書へ。男の子ふた組・女の子ひと組にわかれ、しずかに本を読みはじめた。

 文字の読めないモンコン君(四年生)をニッタヤー先生が自分の前に呼び、一文節ずつゆっくりと読みながら文字をおしえている。

 三・四年生は本のおもしろさが分かりかけてきたようだ。みんな無駄口ひとつたたかず、本に集中している。

 読書のあとは神経衰弱ゲーム。子供たちの正面に白板をおき、そこに飛行機・花・アザラシ・ケーキ・犬・アヒル・木などの絵がかいてある二十枚のカード(縦五枚・横四枚)を伏せてならべた。みっつの組にわかれていたので、三組の対抗戦形式でゲームをすすめた。

 代表の子供が前にでて一枚目のカードをめくる。つづいて二枚目にうつるとき、おなじ組の仲間たちが、「ちがう、ちがう。こっちのだ。もっと右! そう、それそれ!」と必死になって声をとばす。うまい具合に組み合わせができあがると、子供たちは手をたたき、とびあがってよろこぶ。

 午前十一時すぎ、盛況のうちにゲームはおわり、五・六年生の待つ校舎斜め前の木陰へ移動した。

 一・二年生には幼稚部の子供たちもいっしょに参加した。本のはいった青い木箱の前に子供たちは一列にならんで本をとり、ゴザにすわって本を読みはじめた。幼稚部の子供たちにはクローンゲーオ先生が読み聞かせをしている。

 二十分間の読書のあとは図画の時間。クローンゲーオ先生が男児をひとり呼んで、A4大の紙の束をたくした。男の子は児童全員にひとり一枚ずつくばった。つづいて数十本の鉛筆がはいったカゴを別の男の子にわたし、彼が全員へ一本ずつ鉛筆をまわした。

 「『家族』という題名で絵をかいてください。まず紙の左上の端に自分の名前をかくのをわすれないように。さあはじめましょう」

 クローンゲーオ先生の合図で子供たちはいっせいに鉛筆をうごかしだした。できあがると、色鉛筆でぬってゆく。

 二年生にソムキット君という小柄でかわいい児童がいる。読書ずきで、勉強がよくできるまじめな子。さきほど鉛筆をみんなにくばった男の子で、一番はやく絵が仕上がった。立って正面をむいているお父さん・お母さん・お姉さん・自分の四人を左から順番に描いてある。

 じょうずに絵のかけた子供四人へクローンゲーオ先生が鉛筆を一本ずつごほうびに贈った。

 午前十一時十分。全校児童が運動場の木陰にふたたびあつまった。一年生から六年生まで混合の四つのチームをつくり、それぞれ縦にならんだ。各チームからひとりずつ前にでて、チームの先頭から十メートルほどはなれたところにたった。

 今回の合同の活動はゲーム「ふたりで力をあわせて」。

 チームはそれぞれ十六人で構成され、ふたりひと組になる。たがいに向き合い、額にテニスボール(硬球)をはさんであるき、十メートルほど先にたっている子供のところをひとまわりしてもどってくる。ボールをおとしたらその場所からやり直し。最後の八組目がもっともはやくゴールに到達したチームが優勝というゲーム。

 子供たちにとってけっこうむずかしいようで、途中で一度もボールをおとさずにゴールにもどってくる組はほとんどいない。偶然にも四チームとも最終組がまったく同時にゴールに到達した。わずか十分ほどだったが、児童たちは歓声をあげ、汗だくになりながらゲームをたのしんだ。


 (注)コンケーン県内にある二十の郡のうちのひとつ。コンケーン市内から北西へおよそ七十キロはなれている。ニッタヤー先生の出身地。

杉浦 直樹


[BANGKOK SHUHO]