移動図書館日記
〜巡回寺子屋教室イサーンをゆく〜
96年7月26日(金)午前
ノーンオーノーイ小(前編)
安居(あんご)ー。一般の日本人にはほとんどなじみのない言葉だとおもう。国語辞典によると、陰暦四月十五日または五月十五日から三カ月間、僧が室内にこもって修行すること、とある。安居のはじまる日を入り安居、安居の最終日を出安居という。
タイではまいとし七月から十月にかけてがこの安居の期間で、国民生活のなかにふかく定着している。入り安居をカオパンサー、出安居をオークパンサーとよぶ。
ことし(九六年)は七月三十日がカオパンサー。ノーンオーノーイ小学校ではジャスミンの花などを用意し、カオパンサーの準備をしていた。本日の昼、全校児童がカオパンサーの行事に参加するため、村内のお寺へゆく。
移動図書館の活動でもカオパンサーにふれた。
五・六年生ではプリッサナー先生が冒頭でカオパンサーについて説明した。そのあとひとりずつにたずねた。
「カオパンサーは仏教のたいせつなしきたりのひとつです。カオパンサーのあいだ君たちはどんなことをしますか」
子供たちは順番にひとことずつこたえてゆく。
「牛肉など肉類をたちます」
「掃除を毎日します」
「お寺へお参りに行き、功徳をほどこします」
アリーちゃんが発言する番になった。しかしはにかむような笑顔でだまっている。プリッサナー先生がやさしく言った。
「先生はまだアリーの声をきいたことがないので、きいてみたいな。アリーはカオパンサーのときなにをするのかな。おしえてくれる?」
「………」
するとアリーちゃんとおなじ班の女の子やビタヤー君らが助け船をだしてあげた。
「アリー、お寺にお参りにいくんだよね、そうだね」
「…し、ま、す……」
アリーちゃんはやっとききとれるか細い声でこたえた。
読書になると、アリーちゃんは隣にすわっているビタヤー君のまねをしながら読書ノートへ絵本の題名をかきうつした。あとは横の女の子が読んでいる本をみたり、双六ゲームの本で男児ひとり・女児ひとりが遊んでいるのをぼんやりながめている。
読書は四十五分間でおわった。本をかたづけるとき、ビタヤー君が自分の班員の読んだ本を十冊ほどまとめてイの一番に箱へおさめた。
「先生、かたづけました」
プリッサナー先生がきいた。
「きちんとしまいましたか。確認してごらん」
ビタヤー君が一冊ずつしらべていくと、表紙が裏側になっていたり、本の上下が逆さになっていたりした。
「あっ! しまった」
ビタヤー君は苦笑いしながら、きちんとしまいなおした。
このあとのプリント学習(クロスワード形式の計算)で、アリーちゃんほどではないが、やや知能のひくい男の子がいることに気がついた。
プリッサナー先生の話だと、この男の子は六年生。文字の読み書きはできるし、話ことばもふつうだが、すこし能力がおちる。読み書きにしてもおそく、かなり時間がかかるという。
たしかにプリント学習にとりくむ様子を観察していると、プリントの問題はぜんぜん解けていない。一所懸命計算しているのだが、どういう手順をふんでよいのかわからず、ひとつも数字をかきこめていない。自分のノートにプリントの表をかきうつしたものの、ボールペンをもつ手がとまっている。だれかが答えをだすのを待っているようだ。
アリーちゃんは、完璧にかけたビタヤー君の答案用紙を見て自分のプリントに数字を書き写していた。(続く)
杉浦 直樹
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