移動図書館日記
〜巡回寺子屋教室イサーンをゆく〜
96年7月24日(水)=午前=
クアン小
くらい灰色の空のもと、午前九時半すこし前にクアン小学校についた。ワゴン車の姿をみつけたとたん、運動場の隅であそんでいた十人あまりの子供たちがとびあがり万歳しながら歓声をあげた。その声をききつけて、読書ノートを手にした児童たちが各教室からとびだしてきた。そして正門から一番とおい平屋校舎前の木陰にあつまった。私語がとびかい、ひじょうに騒々しい。いつもどおりの、クアン小学校ならではの光景である。
クローンゲーオ先生が児童にむかってさけぶ。
「気をつけえ、気をつけ!」
全校児童たちはあいさつをしてすぐに三班にわかれた。
やがて霧雨のような雨がふりだした。しだいにつよくなる。すずしいというより、肌寒い。クローンゲーオ先生もプリッサナー先生も長袖のジャケットをはおっている。
五・六年生は四つの組になって本を読みだした。初回からみればかなりおちついてきたとはいうものの、他の小学校にくらべると読書への関心は一段ひくい。熱心に読んでいる子と、友だちと私語をかわして本にむかっていない子供とが半々ぐらいか。
読書の時間を利用してプリッサナー先生が五年生の児童たちを対象にタイ語能力調査をこころみた。ひとりずつプリッサナー先生の横へ呼んで各自の絵本を読ませたところ、文盲の子がふたり(二十人ちゅう)いた。この結果をみても文章を読む力はあまり高いとはいえそうもない。
プリッサナー先生の話。
五年生にかぎっていえば、全般に読む力はひくい。ぜんぜん読めない子はふたりだったが、ほかの子供たちにしてもけっして流暢に読めたわけではない。単語をひとつ・ふたつ読んではつっかえたり、ひんぱんに発音をまちがえたりした。
三・四年生の読み方調査の結果とあわせてかんがえると、クアン小学校の学力はやはりひくいといわざるを得ないようだ。
午前九時五十五分、かなり雨がつよくなってきた。五・六年生のいるおおきい東屋のなかにもふきこんでくる。つめたい。
校舎の廊下にゴザをしいた三・四年生は「本は友だち」「オニワニワ」「あいさつの歌」をたてつづけに歌ってから、細長い楕(だ)円形になってすわった。そして読書。
五分たった。全員すわって本を読んでいる。だがアヌーン君だけはニッタヤー先生が席をはずしたスキに本をかかえて立ち、となりの男の子の絵本をながめている。ニッタヤー先生がもどってきた。
「こらあ、立ち上がっているのはだれだ?」
アヌーン君は(しまった!)という表情をみせ、あわてて自分のいた場所へすっとんでいった。すわってはいるが、本をとじたまま、つまらなそうな顔で裏表紙の絵をながめている。
ニッタヤー先生がアヌーン君に声をかけた。
「アヌーンはどうもあんまり本が好きではないようだね」
アヌーン君ははずかしそうに本で顔をかくし、
「ウン」
とうなづく。
「いい? アヌーン。しっかり本を読んで、文字や言葉をたくさんおぼえなければだめですよ」
ニッタヤー先生がアヌーン君を自分の横にたたせ、かんでふくめるように話した。だがアヌーン君自身に深刻な雰囲気はない。ニッタヤー先生に注意されているあいだポケットに両手をつっこんでいた。
このあとアヌーン君は自席にもどりしばらくは本を開いていたが、すぐにあきてしまい、横の子供の絵本をのぞきこんでいる。それでも、読書にはいって二十分後、アヌーン君は自分の読書ノートに必要事項を記入しはじめた。ただし本日の日付だけ。ふたたびとなりの友だちの本をのぞき見しては無駄口をたたいている。またニッタヤー先生に注意された。
もう一度アヌーン君は読書ノートにむかい、こんどは本の題名をかきこんだ。そしてななめ前の子と本を交換した。
「ひとり二冊読みましょうね」
ニッタヤー先生の見守るなか、八割ぐらいの児童は熱心に読んでいる。読書がはじまって三十分ちかくが経過した。三・四年生も多少は移動図書館の活動になれてきたようだ。
ニッタヤー先生は校舎に横づけしたワゴン車の後ろのとびらをあけ、そこに腰かけて指導している。風邪らしい。かすれた声で「寒いワ」と腕をさすっている。
アヌーン君は相変わらずだ。読書ノートを持ち、たったまま友人とおしゃべりしている。絵本は床におきっぱなし。本のことなどすっかり忘れてしまっている。
(続く)
杉浦 直樹
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