移動図書館日記
〜巡回寺子屋教室イサーンをゆく〜
96年7月9日(火)=午後=コークヤイ小(前編)
三回目の巡回で子供たちは移動図書館の活動の要領をつかんだらしい。行動が円滑で自主的になってきた。
高床式校舎の前に移動図書館のワゴン車がとまると、十五人ぐらいの上級生の男女がさっと車にかけよった。運転手のノーイさんが後ろのおおきなとびらをあけるのをまって、子供たちはなかからゴザをとりだし、高床式校舎の下へ手際よくしいた。つづいて青い本箱や鉛筆類のはいったカゴを三、四人の男児がはこびだしてゴザの横へおいた。準備がととのうと、前列から一年生、二年生……六年生と順にすわった。
クローンゲーオ先生が前にたつと、子供たちも全員たちあがって元気よくあいさつ。
「こんにちは、先生!」
「病気の人、体の具合のわるい人はいますか?」
「いませーん。元気です」
「はいよろしい。ではとなり同士むかいあって……、『あいさつの歌』をうたってみよう!」
「あいさつの歌」がおわると、つぎは「オニワニワー」。全校児童たちは左手を前にのばしてうたいはじめた。たいへんうまい。最後の鼻と耳を左右の手で交互につかむ「難所」もなんなくこなしている。子供たちは「オニワニワー」をすごく気にいっていたようだったから、だいぶ練習したのであろう。以前にくらべて数段じょうずになった。
クローンゲーオ先生もおどろき感心している。
「うーん、相当うまくなったね。つぎは男女別にうたってみよう」
二十分ちかく歌ですごしてから、例によって三班にわかれた。
ゴザなどをもって高床式校舎下の端へ移動した五・六年生は、プリッサナー先生が前にだすイギリス語のカードをみながら単語をおおきな声で発音してゆく。
一枚目、「foot」とかいてある。
「なんてかいてあるのかな? 読めますか」
「foot、です」
「はい、そのとおり。つづりは?」
「エフ、オー、オー、ティー」
「では、これはわかるかな?」
「car。シィー、エー、アール」
「オーケー。つぎはこれ」
「ear、イー、エー、アール」
つづいてプリッサナー先生がプリントをくばった。髪・目・耳・腕・足など身体の名称をイギリス語でかきこむプリント学習である。午前の小学校(ドーンハーン小)と同様で、子供たちにとってはかなりむずかしい。全問正解だったらそのままぬり絵にはいるのだが、一回目で全部正解をかけた子供はひとりもいなかった。
三・四年生は、となりの二階建て鉄筋コンクリートの校舎の図書室で活動をはじめた。男の子ふた組、女の子ひと組になってまず読書から。ニッタヤー先生が、子供たちの輪の真ん中へうすい絵本を二十冊ずつまとめて置いた。
「きょうは何日かな」「本は大切にあつかいましょうね」などと子供たちのあいだをゆっくりあるきながらニッタヤー先生が子供たちに声をかける。
子供たちの読書ちゅうニッタヤー先生が色鉛筆をナイフでけずっていた。「コンケーン市内のおおきな文房具店で買ったのにすぐ折れちゃうワ、この色鉛筆」とこぼしながら。たしか新品の鉛筆削りがあったはずだが、なぜ使わないのだろうか。
「鉛筆削りの力がつよいのか、鉛筆の品質がわるいのか、けずったそばから芯がおれてしまう。ナイフのほうが便利なのです」
ニッタヤー先生が苦笑いしながらおしえてくれた。
ひとり三冊読むとプリント学習(象の絵のぬり絵)にうつった。
ほとんどの子供が二十分から三十分で読書をおえてプリントに取り組んでいるのに、ひとりだけマイペースで、大声にだして読書をつづけている男の子がいる。ニッタヤー先生も、コークヤイ小学校の先生も「もう時間がきたからやめなさい」などと強制しない。まわりの子供たちも「うるさいなあ」と文句を言わず、男の子の好きにさせている。あたりをはばからず、おおきくはっきりしたよくとおる声で読書しているので、コークヤイ小学校の女の先生が、「君はじょうずに読むなあ」とほめてやっている。
プリントのぬり絵に没頭する子供たちをながめていて午前のドーンハーン小学校とちがう点に気がついた。ドーンハーン小学校では全員が象を黒・茶・灰色とほぼ本物にちかい色でぬっていた。だがここでは赤・黄・紫・緑・桃・水色と現実ではありえない色をつかう子が三十八人ちゅう十三人と三分の一いた。
前回・前々回で紹介した「知恵おくれ」の男の子(三年生)も象を紫でぬっていた。彼の名前はジョー(愛称)。塗り絵に熱心にうちこんでいるが、プリント上段の名前・学年・学校名の欄はかけておらず、空白のままだ。
ジョー君は一番時間がかかったが、見事にぬり絵をしあげた。
最初に全校児童があつまった場所でそのまま活動をはじめた一・二年生。大小五つの組になって読書している。
女の子は一・二年生ともおとなしく本をみている。男の子ははじめの二、三分だけ読書らしい雰囲気だが、すぐにさわぎだす。寝そべったり、読書とぜんぜん関係のない話を友だちとしたり、と相変わらずだ。だが一回目に比較すると、かなり本に関心をしめすようになってきた。クローンゲーオ先生が子供たちの微妙な変化について指摘した。
「三回目で、いくぶん子供たちは本になれてきました。読書への関心度がすこしずつたかまってきたとみてよいでしょう。読み方のわからない単語にぶつかると、小学校の先生に質問するようになりました」
にぎやかなうちに読書は二十分いじょうもつづいた。 (続く)
杉浦 直樹
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