移動図書館日記

〜巡回寺子屋教室イサーンをゆく〜


第三章 ぬり絵(第二週)
96年6月28日(金)=午前=ノーンオーノーイ小(後編)

   「では児童会の代表者はいまから学校の先生をよんできてください」

 クローンゲーオ先生がいうと三人の男の子たちが運動場をはしりぬけ、校長先生はじめ五人の先生をつれてきた。

 「さあて、先生たちがやってきました。いまから先生もまじえてどんなゲームをしようかなあ。……では、先生たちにも『オニワニワー』をふりつけ入りでうたってもらいましょう」

 クローンゲーオ先生の提案に、子供たちはいっせいにおおきな拍手と歓声をあげた。

 「いいですか、先生たちにうたってもらう前に、みんな見本をみせてください」

 全校児童たちは二回「お手本」を先生にしめした。

 「それでは先生たちに挑戦してもらいましょう。うまくできなくても、わらっちゃだめですよ」

 子供たちの歌にあわせて五人の先生が二回つづけて「オニワニワー」をこころみるが、今ひとつのでき。とくに校長先生はほとんどできず、「いやあ、まいった、うまくできんなあー」といって、苦笑いしながら手をたたいているだけだ。あとの四人の先生も、一番おしまいのふり(左手で鼻、右手で左耳。ついで右手で鼻、左手で右耳をつかむ)はぜんぜんだめである。

 子供たちは先生たちの姿にわらいころげている。アリーちゃんの顔にも笑みがうかび、たのしそうだ。

 「先生より君たちのほうがうまいんじゃないかな。それでは歌はこれでおわり。三班にわかれましょう」

 クローンゲーオ先生の号令で一・二年生はいま全校児童がいた場所にそのままのこり、三・四年生、五・六年生はゴザと本の箱などをぶらさげてちかくの木陰へうつっていった。

 「What’s your name?」

 「My name is VIRAPHON(ボクノナマエハ ビラポーン デス)」

 五・六年生はひとりずつたちあがってイギリス語で自己紹介している。

 アリーちゃんのところへ順番がまわってきた。プリッサナー先生がたずねる。

 「What’s your name?」

 「………」

 「あなたのばあいは、My name is ARII(アリー)。そうじゃないかな?」

 プリッサナー先生がひとことずつゆっくりと言っておしえた。

 自己紹介がすむと班わけ。一から四の数字のどれかひとつをかいた紙片をつかい、くじびきで五〜六人ずつ四つの組にわかれた。

 くじの紙片をアリーちゃんもとったが、紙をひらかず手にもったままじっとしている。女の先生が中身をみてあげ、アリーちゃんの所属する班をしらせてやった。

 このあとイギリス語の単語カードを利用したゲームや読書などがおこなわれたが、アリーちゃんはぼんやりとすわっているだけだ。

 読書のとき、アリーちゃんの読書感想ノートをみせてもらった。なにもかいていない。横にいるおなじ班の女の子が日付のかき方をおしえている。

 「アリー、よくみててよ。きょうは六月の二十八日、わかる?ロクガツ、ニジュウハチニチ」

 そういってアリーちゃんの読書感想ノートの日付の欄にきょうのひにちをかいてあげた。そしてアリーちゃんは友だちの読書感想ノートをみながら、それをまねして自分のノートにぎごちない手つきでかきうつしはじめた。

 アリーちゃんの様子をしばらく観察してから、一・二年生の所へいくと、ちょうどぬり絵に子供たちは熱中していた。一・二年生は十六人(男九人・女七人)。緑・紫・赤など五色しかつかっていない女の子ふたりをのぞき、男の子全員と女の子五人は十数種類もの色鉛筆を駆使し、ていねいにぬっている。

 三・四年生にも男の子で三人、女の子でひとり文字の読めない子がいる。とくに四年生のトゥー君はまったく読み書きができない。会話力もおとり、ほんのすこしの単語しか話せない。ほかの三人は時間をかければいくらかは文字がかけるが、話し方が流暢でなく言葉の発音も不明瞭だ。

 トゥー君は読書感想ノートになにやら文字らしきものをかいてはいる。よくみると自分がいま手にしている絵本の題名で、表紙の文字をそのままなぞってかきうつしたようだ。

 ニッタヤー先生がトゥー君にしばらくつきそって指導した。ニッタヤー先生が絵本の挿絵を指さしながら、「これは何?」とたずねていくと、トゥー君は「ウサギ」などとただしくこたえている。

 さきほどからノーンオーノーイ小学校の運動場をうろついて移動図書館の活動を取材しているのだが、強烈な悪臭が鼻をつく。ニッタヤー先生も「くさい、くさい。めまいがするワ」とこめかみをおさえている。児童たちはなれてしまったのか、だれも気にならないという。

 ノーンオーノーイ小学校の先生によると、ちかくに酒造会社や製糖会社や肥料の工場などがあり、風向きによってにおってくる。前回はにおいを感じなかった。今後たびたびこの悪臭になやまされるのだろうか。

 南国の暑い太陽が頭上にたどりついたころ、わたしたちはにおいからにげるようにノーンオーノーイ小学校をあとにした。

杉浦 直樹


[BANGKOK SHUHO]