移動図書館日記
〜巡回寺子屋教室イサーンをゆく〜
第三章 ぬり絵(第二週)
96年6月21日(金)=午前=クアン小(前編)
移動図書館事務所をでて西へむかう。コンケーン空港をこえると道路の左右に田植えのおわった水田が目にはいってきた。あるいは田おこしがすみ、雨をまっている田もある。しかしクアン小学校へつうじるこの県道の沿線は、米をつくらずあそばせておく休耕田が圧倒的に多い。
正門をはいり一番右側の平屋校舎の前に児童たちは学年別に整列した。三・四年生と一・二年生はならんでいるあいだ、私語がとだえることがない。友人同士しゃべりながらあっちをみたり、こっちをみたりと、じつににぎやかだ。
アヌーン君がすぐに目にとまった。列の一番前にたち、あわい緑色の読書ノートをまるめて無造作にもっている。ニッタヤー先生にみつかった。
「アヌーン、ノートは大切に。まるめずにきちんともちなさい」
背中をかるくたたかれ注意された。それでもアヌーン君は相変わらずニコニコといたずらっぽい笑顔をうかべている。
五、六人の六年生男子が車からゴザをとりだし、おおきいほうの東屋へ手早くゴザをしいた。低学年から順に東屋へいく。一年生の一部がはしりだそうとしたとたんクローンゲーオ先生の注意がとんだ。
「こらあ、まちなさい!列をくずさず、きちんとならび、ゆっくり歩いていきなさい。はい、気をつけ!前へ、すすめ!」
東屋へあるきながら、先週ならった歌「本は友だち」を口ずさむ子供や「キヒヒヒッ」と奇妙な声でわらい、とびはねるようにしていく子など、児童たちは一瞬たりともじっとしていない。
東屋に全員そろうと、クローンゲーオ先生の指導で「あいさつの歌」を子供たちは練習した。歌詞のかかれた青いおおきな紙をみながらくりかえしうたう。詞にあわせて振りもついている。胸の前で両手を合わせ合掌したり、自分と相手を交互に指さしたり。
子供たちはたって練習しているのだが、すわりこんでじゃれあっている男の子たちがいたり、女性式の合掌をして悪ふざけている男子児童がいる。そのたびにプリッサナー先生らにしかられるものの、ほとんどこたえていないようすだ。
歌詞と振り付けをひととおりおぼえると、男の子九人が代表で前へでて、練習の成果を披露した。このなかにアヌーン君もいる。九人は二回うたうが、歌も振りもばらばら。ぜんぜんそろっていない。しかし威勢だけはすばらしく、元気がありあまっている。
この九人がうたいおえて自分の場所へかえるとき、猛烈な速さではしって一気にいこうとした。すかさずクローンゲーオ先生によびもどされる。
「まて、まて!もう一度前にきなさい。さっきもゲーオ先生がおしえましたが、まず合掌をし、ちゃんとおじぎをしてから、ならんで、ゆっくりと、順番に、あるいてもどりなさい」
三班に分散するときも、子供たちはワイワイガヤガヤとうるさく、しずまることをしらない。
「おしゃべり、やめ!気をつけー、前へ、すすめ!」
クローンゲーオ先生の号令が、広大な運動場にひびきわたる。クローンゲーオ先生の声はよくとおり、張りがあってたいへんいい。
東屋にちかい平屋校舎の廊下にゴザをしいた三・四年生。「あいさつの歌」を再練習してから読書にはいった。声にだして熱心に読んでいる子がめだつ。
ところがアヌーン君だけは、ニッタヤー先生の目をぬすんで、横の男の子の読んでいる本をのぞきこんだり、左右の友だちにはなしかけたりしている。自分の手にある絵本はとじたまま。
とうとうニッタヤー先生にみつかり前にたたされた。ニッタヤー先生のすぐ横で読書するようきつくいわれた。それでもまだアヌーン君はふざけている。自分のたたされているすぐ前ですわって読書している女の子のところへサササーッとかけより、彼女が読んでいる絵本をのぞきこむ。
「アヌーン!どこへいくの?じっとたってなさい」
ニッタヤー先生に何度かきつくしかられてもいっこうにこりない。本をもち、たってはいるものの、本に見向きもせず、すわって読書している三・四年生に尻をむけたり、本をふりまわしたり、右をみたり左をみたりしてあそんでいる。まったくおちつきがない。ついにニッタヤー先生に本をとりあげられた。そしてその場で一本足でたたされる。それでもまだニヤニヤわらっている。
一分間ほど片足でたたされてから、「あいさつの歌」の歌詞カードをニッタヤー先生からわたされ、声にだして読むようにいわれた。
ところがアヌーン君はほとんど読めない。その場でニッタヤー先生が一字一句おしえる。ニッタヤー先生がいう。
「アヌーンは文盲ではありません。けっして流暢ではありませんが、いちおう読めます。またクアン小学校の三・四年生にかぎっていえば、女の子はまあまあですが、男の子は学力がひくい。国語(タイ語)力は三・四年生の水準にたっしておらず、読解力がひじょうに貧弱です。ちかいうちに絵本の文章を全員に読ませて児童のタイ語力をしらべる必要があります」
そして最後にこうつけくわえた。
「それにしてもアヌーンほどのわんぱく坊主はみたことがありません」
ようやく自席へかえることをゆるされたアヌーン君はやっとおちつき、すわって本をながめている。
五・六年生の活動風景をわたしがみていると、三・四年生全員が校庭をかけ足している。読書がおわり本をしまうとき、三・四年生は箱のなかへ本をほうりこむなど乱雑に本をあつかったためニッタヤー先生にしかられたようだ。ひとり三周はしらなければならないという。ここでもアヌーン君は奇抜な行動をしていた。靴(といってもサンダルだが)を足ではなく両の手に「はかせて」だらだらとはしっていたのである。
杉浦 直樹
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