移動図書館日記
〜巡回寺子屋教室イサーンをゆく〜
96年6月7日(金)=午前=
ワングン小・ノーンセーンシラー小(前)
全校児童数が八十人あまりから百数十人ていどと、移動図書館で巡回している農村部の小学校はだいたい似たような規模である。そのなかにあってたった一校だけ、児童数九人という超小規模校がある。
世帯数三十一の村にたつノーンセーンシラー小学校。教員は校長先生をいれてわずかふたりしかいない。
ノーンセーンシラー小学校単独で移動図書館の活動をするにはあまりにもちいさすぎるので、同小は三キロはなれたとなり村のワングン小学校と合同で移動図書館の活動に参加している。
そろそろ雨がふってもいいころだが、空をみているかぎりその気配はない。きょうも晴れ。酷暑の一日となるだろう。
つよい日差しをうけながら午前九時十五分に移動図書館の車はワングン小学校の門をくぐった。クローンゲーオ先生とニッタヤー先生は同小で降り、移動図書館の準備にかかる。プリッサナー先生はノーイさんの運転するワゴン車でノーセーンシラー小学校の児童たち九人を迎えにいった。
ノーンセーンシラー小学校までの道は赤土がむきだしになった未舗装道路で、道幅もせまい。車が二台すれちがうのがやっとだ。デコボコの悪路で、車が上下にはげしくゆれる。ところどころに水たまりがあるのは、前日の雨の名残だろう。ワングン小学校を出てしばらくは道の両側を種々雑多の樹木がおおっている。ノーンセーンシラー小学校がちかづいてくると、周囲の風景は広大なサトウキビとキャッサバの畑にかわった。
十五分ほどかけてノーンセーンシラー小学校に到着すると、口ひげをはやした恰幅のいい校長先生とめがねをかけた年配の男の先生が出むかえてくれた。児童九人のうちふたりは病欠という。七人の全校児童を移動図書館の車にのせて、ふたたびワングン小学校へむかった。
ワングン小学校は、地面から一メートルほどの高さの高床式平屋校舎が一棟たっている。まもなく定年退職だという校長先生の話だと、この建物はとても古く、二十九年前に建設された。元は中学校で、その中学校がよそへ移転したあとにワングン村の小学校として開校した。
数段の階段をのぼって校舎中央の入り口をはいると、左右に廊下がのびている。入り口にちかいほうから順に、右側が六年生・五年生・四年生の教室、左手に三年生・一年生・二年生の教室がならんでいる。教職員室はない。
校舎の斜め前に柱と屋根だけの講堂兼食堂がある。木製の長椅子・長机がおいてあり、ここにワングン小学校の全校児童八十二人があつまった。クローンゲーオ先生・ニッタヤー先生とワングン小学校の児童たちはゲームをしながら、ノーンセーンシラー小学校の子供たちがやってくるのをまっていた。
ワングン・ノーンセーンシラー両小学校の児童たちが一堂に会すると、クローンゲーオ先生が中心となってさっそく活動がはじまった。
「みなさん、おはよう。だれでもかまいません。歌のすきな人、ここへ出てきてください。五人までです」
クローンゲーオ先生の声にさそわれるように五人の男の子たちが前へとびだす。五人は動物の形態模写をしながら得意な歌をうたった。拍手喝采のなか自席へもどろうとすると、クローンゲーオ先生がひとこと。
「どうもありがとう。とってもじょうずでした。ではお猿さんになって自分の席へ帰ってください」
五人の男の子たちは、全校児童の歌と手拍子のなか、満面に笑みをうかべ猿のまねをしながら自分の場所へもどっていった。
子供たちの緊張がほぐれたところで、クローンゲーオ・プリッサナー・ニッタヤーの三人の先生が自己紹介した。つづいて「とびだす絵本」を披露しながらニッタヤー先生とクローンゲーオ先生が本のあつかい方を児童たちへ指導した。この間にプリッサナー先生がワングン・ノーンセーンシラー両小学校の先生たちへ移動図書館活動のすすめ方について説明した。
本のあつかい方を学んだあとは歌の練習。ニッタヤー先生が、黄色のおおきな紙にかいた歌詞をみせながら、「本は友だち」をおしえた。これまでの小学校と同様、ここも子供たちは歌の覚えがはやい。五回とおしでうたっただけで、ほぼ全員歌詞をみずに完璧にうたえるようになった。
うたっている子供たちを見てきづいたのだが、一日目と二日目の小学校にくらべて、ワングン小学校とノーンセーンシラー小学校の児童たちは全般に体格がちいさい。しかもおとなしい。とくにノーンセーンシラーは小柄だ。初日で勝手がわからないのか、両小学校とも声がちいさく、「本は友だち」の歌の練習のときなど、クローンゲーオ先生らが「声に元気がないなあ。もっとおおきな声で。はい、もう一度」とうながす場面がしばしばあった。
歌がおわると、クローンゲーオ先生が児童たちにたずねた。
「みなさん、いよいよ学年別にみっつの班にわかれて読書します。ここにいる三人の先生(移動図書館の指導員)のうちどの先生におしえてほしいですか。ゲーオ先生がいいかな、それともプリッサナー先生? あるいはニッタヤー先生と勉強したいかな」
子供たちはそれぞれ手をあげてゆく。うまい具合に、ちょうど三分の一ずつにわかれた。
クローンゲーオ先生がつづける。
「では担当の先生を発表しましょう。ゲーオ先生は一・二年生、ニッタヤー先生は三・四年生、プリッサナー先生は五・六年生に決定!」
四年生の教室のななめ前の木の下にゴザをしいてすわったのは五・六年生。自己紹介・本のあつかい方の指導のあと、プリッサナー先生が「本は友だち」の歌詞カードと読書感想ノートを児童たちへくばり、読書がはじまった。子供たちは自分で青い木箱から本をとりだし、めいめい読みだす。しずかだ。まったくひとことも発しない。完璧に黙読している。イサーンで、こんなに子供が熱心に読書する姿をはじめて見た。わき目もふらず、食い入るように本にむかっている。これまでの小学校でときおりみられた、となりの友だちの本をのぞきこみような子もいない。
プリッサナー先生が笑顔でそっとわたしにささやいた。
「子供たち、しずかでしょう」
「きのう(クアン小学校)とはぜんぜんちがうな」(笑)
読書がはじまって三十分たった。ほんのわずかざわつくが、それでも他の小学校と比較すればおとなしく読んでいる。
女の子のなかには、日本人はめずらしいのか、先日の極貧の子供への学用品贈呈式でかんたんな日本語をおしえてあげたのが印象にのこっているのか、ときおりチラッ、チラッとわたしを見ては照れたようなかわいい笑い顔をみせる。
(後編につづく)
杉浦 直樹
|