移動図書館日記

〜巡回寺子屋教室イサーンをゆく〜


96年6月6日(木)=午後=クアン小(1)

 田んぼのなかにポツンとたつその小学校にはいるやいなや、正門から百メートルいじょうはなれているみっつの平屋校舎から児童たちが一気に外へとびだしてきた。たちまちのうちに二十人、三十人の子供たちが移動図書館のワゴン車にむらがった。男の子も女の子も興奮し、はしゃぎまわっている。

 移動図書館第八期の小学校でいちばん児童数の多いクアン小学校はもっとも活力にみちあふれた学校でもある。児童は百七十六人・教師八人。

 三棟の校舎にむかって右手の方向に大小ふたつの東屋ふう建物がある。そのおおきいほうの東屋に全校児童は集合した。屋根はトタン製。床の片側半分は下から五〇センチほどたかくなって木の板がはってある。もう半分はコンクリートを無造作にながしてかためたような床。「コンケーン大学人文社会学部移動図書館 読書コーナー」とかいた小学校手づくりの看板が東屋の正面にかかっている。ここへゴザをしき、活動にはいった。

 クアン小学校の児童たちのエネルギーはものすごい。プリッサナー先生が「とびだす絵本」をつかって本のとりあつかい方を説明しはじめると、子供たちはプリッサナー先生のひらいた絵本にむかってどんどんにじり寄ってくる。しまいには絵本とプリッサナー先生をとりかこんでしまった。プリッサナー先生やクローンゲーオ先生が、「そんなに前へ出てこなくてもみえまーす。さあ、もうすこし下がりましょう」となんど注意してもほとんど効きめがない。

 つづいてニッタヤー先生が「本は友だち」の歌を指導。どちらかというと女の子のほうが元気がいい。歌詞のかいてあるおおきな紙をみながら全員で斉唱したり、男女別にうたったりしているうちに子供たちはすっかりおぼえてしまった。

 この歌の練習のとき、七人の一年生男子が指導員および小学校の先生の許可を得ずにかってに便所に行った。それをクローンゲーオ先生がみつけて、便所から帰ってきたところをつかまえた。七人を東屋の横に一列にならべて立たせ、お説教。

「だれか先生の許しを得てお手洗いに行きましたか」

「はい」

「どの先生ですか」

「………」

 子供のうそはすぐばれる。

「先生がおしえているときにお手洗いに行きたくなったり水をのみたくなったら、かならず先生にひとこと言ってから席をはなれなさい。いいですか、わかりましたね」

 かなりきつい口調でクローンゲーオ先生は七人の男の子たちに言う。

 歌がおわるとかんたんな体操をして三班に分散。クローンゲーオ先生が、「ではみっつの班にわかれます。一・二年生はあそこのちいさい東屋の所です。はい!すすめ」

 とたんに一・二年生全員がばらばらにはしりだした。クローンゲーオ先生の大声がとぶ。

「コラコラ、あるいていきなさい!」

 ついで三・四年生が、正門からいちばん遠い校舎へ移動した。子供たちは協力しあって、コンクリートのろうかにゴザをしく。五・六年生はそのまま東屋で。

「全員そろいましたか。すわったら、しずかにしましょう。まず自己紹介をしてもらいますが、そうねえ、自分の名前を英語で紹介してもらおうかしら。できるかな」

 プリッサナー先生が提案すると、五・六年生たちはすかさず、「はーい、できます」と声をそろえて返答した。

 イサーンの農村部の小学校では五年生いじょうになると英語(イギリス語)が授業にくわわる。A・B・Cからはじまって、かんたんな日常会話ていどの文章を勉強するが、どうもあまり身についていないようだ。しかも発音がタイ式。単語の語尾がことごとく尻上がりになるとともに、子音が発音できない。たとえばBookの「k」が消えて「ブック」でなく「ブッ」となったり、「Mouth」も最後の「th」がなくなり、「マウ」(そのうえ『ウ』にアクセントがある)となる。日本も例外ではないが、ただしい発音のできる教師がほとんどいないなどイギリス語教育の水準はどうもあまりたかいとはいえない。もっともイギリス語などというひとつの国の言葉を小学生のうちから勉強する時間があるのなら、タイ語にもっと力をいれるべきだとわたしはおもうので、イギリス語の発音がへただろうが別にたいしたことではない。これとおなじことが日本についてもいえる。イギリス語を(しかもほとんど実用的でない試験のためのイギリス語を)勉強する暇があるのなら、その分日本語教育に時間をさくべきである。いまのままではイギリス語が達者なことイコール国際人という誤った認識がいつまでもついてまわるであろう。

 「My name is ピチャイ」などと、六年生の男子から順番にイギリス語による自己紹介がすすむ。ぎごちなく、お世辞にもじょうずとはいえない。なかには自分の名前がイギリス語ふうの発音になってしまう子も。だがみんなとてもあかるく、たのしそうだ。ひとりがおわるたびに、おおきな拍手がおこる。

杉浦 直樹


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