タイの花木走獣

パン吉の夢 22


 パンが庭を見るようになる以前にわが家に出没した庭師たちについて述べた。

 こうした男たちは働く者、働かない者、なまけ者、植物が好きな男、植物より人間、特にその女性が好きな男だの、様々色々であった。しかし、誰も私の命を受けて仕事をやったり、やらなかったりする点は同じであった。

 彼らは使用人で、主人である私に命ぜられて作業に従事するのであった。

 パンの場合は違った。

 彼は自分が働きたいから、働くのだ。と書くと、パン吉が庭師を天分とする素晴らしい男に変身したように思われるかも知れないが、現実はそんな良いことばかりではない。

 はっきり言えば、私が命令しても馬の耳に念仏なのだ。パン自身がやるべき、或いはやりたいと思わない限り、幾ら私が命令しても、作業開始はなされないのだ。

 「だから、勤勉ってのとも違うんですよね、パンのは」

 シィーだって、始めは私に命令されるのが嫌だったらしい。あれしろこれしろと言われる度に、ぶつぶつと文句ばかり言っていた彼女。

 「何か不満があるの?」

 と、追えば、「風に文句を言っているんですよ」とか「雨を怒ってるんです」とかの言い訳が可笑しかったシィーだった。

 その彼女がルーティンの家事は言われる前にはこなすようになったのは私がしてもらいたいことを体得するようになったからであろう。

 パンはそのような心のつながりをソムチャイとは持っていたのかも知れない。バス・ボーイのルーティン仕事はそうしてこなしていたのかも知れない。

 しかし、庭仕事に関しては、パンはまったく、自分の好きなようにやっていたのである。

 朝起きれば、箒を持って庭を履くことは他の庭師たちと同じであるがそれにしても、命令は受けなかった。

 私が何をどうやれ、と言えば、こちらを向いて聞いているようではあるけれど、すぐさま実行に移されることはない。

 あまり言われると、やりたくなくなる。という偏屈な癖はソムチャイと同じにあったらしい。

 パンが家に来た頃、移してと命じた植木鉢は、そのまま3日も置き場所を変わることはなかった。

 それと見て、何回も注意したのがいけなかったらしい。

 何も言わなかったら、多分、その日の午後には動いたろう鉢は、私の再三の注意喚起ゆえに、わざと無視されたのだった。

 庭の樹だって、好き勝手に植えるのである。

 スリランカから連れてきたシェパードのケンが死んだ時、その塚の上に私は花樹を植えたかったのだったが、何とか言う前に海草のような大クロトンが植えられてしまった。

 前庭に椰子を植えたのも彼である。

 こんなもの植えて。

 椰子は抜いたが、犬の墓の上のクロトンはそのままに残され、「パンが植えた草木」の一つとして、皆の苦笑と懐かしさを誘っている。

 彼が植えたものの中で一番の傑作はマレーシア・グラスであろう。

 マレーシア・グラスはタイではごくありきたりのグランド・カヴァーである。この草の緑色リボンのような風情が好きで、私は前庭をこれで敷きつめていた。

 でも、裏庭の草はどうもうまく育たなかった。特に母屋の62番の家から会社事務所のある64番の家に通じるあたりは駄目だった。

 マレーシア・グラスは暗い所を嫌うのに、大きな鹿耳樹が陰をつくっていたのもいけなかったらしい。

 ゴルフ場などはいざ知らず、タイの家庭では、芝生もマレーシア・グラスもグランド・カヴァーは、薄い土をつけたままの絨毯状のものを1メートル四方幾らで買って植えている。

 雨が終わった頃、近くのナーサリィから買って植える。それを毎年繰り返しても、うまくいかなかった。私も諦めていた。

 毎年雨が降る頃になると、この箇所は問題を呈する。

 我が家には20匹からの犬がいる。

 その犬の数は当時もけっして少なくなかったのだが、路地を彼らが通ると、足が泥だらけになるのだ。

 「犬のお母さん」のシーダーが母屋の裏にある彼女の部屋から会社へと向かえば、犬たちも従う。

 裏庭は前述のように禿ちょろけであるので、雨の日ともなれば犬たちの足はたちまち土まみれとなる。

 その足で会社の台所へ入ってくれば、どういうことになるか。

 嫌だな、何とかならないかな。

 でも、私はそれをパンに言ったことなどなかったのだった。

 それがある日、裏庭に出てびっくりした。

 例の赤土のどうしようもない地に何やら植わっているのだ。それも一定の間隔を置いて、長い緑の茎を立てた様子は、まるで稲苗のようだ。

 パンの奴、エカマイで米でも作る気になったのかしら。

 近づいてよく見ると、それはマレーシア・グラスだった。

 リボンのような葉を立てて、土の上に座った姿が、稲の苗に似て見えたのであった。

 何、これ。

 こんなの見たことないわ。

 何て馬鹿なことをするの。

 可笑しさに耐えかねて、私は当時隣に住んでいたケイコさんを呼んだ。そして二人して「パンの稲田」を指さし、笑いこけたのだった。

 日あたりの良い前庭に旺盛に育っ ていたマレーシア・グラスを、パン は一本づつ抜いて、赤土に穴を堀り、しっかりと植え込んだのだった。

 東北タイでは雨が来る前に棒切れ のような鋤で固い土に穴をあけ、籾 を埋め込むと聞いているが、パンは その方法をマレーシア・グラスに応 用したらしかった。

 そのパンはもういない。

 ケイコさんもセントバーナードとビーグルの雌犬を連れて、日本に帰った。

 パンが植え込んだマレーシア・グラスはそのまま禿もせず、ちびりもせず、伸びて、繁った。増えた緑は隙間を埋め、稲田は小さな草原となった。

 あの偏屈の変わり者。1本、1本草植えて、何をするのかとあの時は驚いた。笑いもした。

 私の庭を綺麗にしようと懸命に努力したというわけでもないだろう。

 犬たちが事務所を汚すのを防ごうという工夫だったのかも知れない。

 でもパンらしい。

 パンらしい仕事ぶりだ。

 ごめんね、笑ったりして。

 あの時は。

 今年の遅い雨に濡れて、緑の草のリボンが光っている。

 パンが私たちと一緒に生きたという証は力強い。      

つづく

レヌカー・M


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