移動図書館日記
〜巡回寺子屋教室イサーンをゆく〜
ファイヒンラード小(2)
プリッサナー先生のたっている横に、本のはいった青い木箱がみっつと折り畳み式のゴザの山がデンとおいてある。
「(プリッサナー先生が青い木箱を指さしながら)これはなんでしょう?」
「ほーん(本)でーす」
「そうです、これは本。本の箱です。あとで各班が読書する場所をきめます。そうしたらゴザと本の箱をそれぞれの場所へはこんでください。本の箱はとても重たいから、みんなで協力してもちましょう。本を読む前に、本のただしいもち方とページのめくり方をおしえておきます」
イサーンの農村部では本はとても高価で貴重なものである。農民が都市部のビル建設現場などで日雇いの肉体労働に従事したばあい、日当はだいたい百バーツから百二十バーツ。これは家族の一日分の食費に相当する。いっぽう本は十ページたらずの薄い絵本で二、三十バーツ、厚めで紙質のよい本になると数百バーツにものぼる。おおざっぱにいえば一冊平均百バーツとかんがえていい。移動図書館でつかう書物も例外ではない。だから本が長持ちするようただしい本のあつかい方を子供たちに指導してゆく必要性がここイサーンではある。
プリッサナー先生が青い箱から絵本を一冊とりだし、左手にもつ。
「左手はどちらかな。左手を上に」
子供たちはサッと左手をあげる。
「左手でこうして本の背中をもって(とプリッサナー先生は説明しながら、ひらいた絵本を左手のひらでささえる)。そう、それでは右手はどっち?」
子供たちはこんどは右手をまっすぐ上にのばす。プリッサナー先生は右の親指と人差し指でページを一枚かるくはさむ。
「右手の指でページの右肩を一枚ずつこうやってつまみ、しわにならないよう、やぶけないよう、ゆっくりとめくるのです。いいですか」
子供たちはプリッサナー先生の説明にじっと聞き入っている。
午前十時になった。
子供たちは一・二年生、三・四年生、五・六年生の三班にわかれる。一・二年生はそのまま講堂にのこり、さっそく活動にはいった。三・四年生は講堂横の木陰へ、五・六年生は二階建て校舎前の木の下へ移動していく。
一・二年生はクローンゲーオ先生、三・四年生はニッタヤー先生、五・六年生はプリッサナー先生がそれぞれ指導することになった。
五・六年生はゴザをしいてすわると、プリッサナー先生が全員へ読書感想ノートをくばる。
読書感想ノートは縦二十一センチ・横十七センチ、二十ページの小冊子。移動図書館の専属職員の手作りである。うすい緑色の表紙には「移動図書館活動に参加する児童たちのための読書感想ノート」とタイ語でかかれている。また学校名・学年・児童の姓名を記入する欄も。
子供たちはプリッサナー先生の指導で自分の名前など必要事項を青いボールペンで表紙にかきこんだ。
ノートの中をひらくと、「年月日」「本の題名」「感想(とてもおもしろかった・おもしろかった・つまらなかったーのどれかひとつを記入する)」をかくみっつの項目がならんでいる。子供たちは一冊の本を手にすると、まずきょうの日付と本の題名を記入した。読み終わると、「おもしろかった」「つまらなかった」などと感想をひとことだけかきこみ、あたらしい一冊へとすすむ。
話がすこし横道へそれるが、ひとつ私見をのべておきたい。日本の国語の授業のなかでおこなっている読書感想文にはわたしは反対である。あれはいったいなにが目的なのだろうか。小説なり紀行文なり随筆なりあるひとつの文章を読んだあとに、「どこがどうおもしろかったのか」「作者はなにを言わんとしているのか」「主人公の気持ちはいかに」などをこまかく書けといわれれば、たいていの子供がうんざりするのではないだろうか。すくなくとも子供のころのわたしは日本式読書感想文のせいで読書嫌い・作文嫌いであった。読書感想文を強制しても読書嫌い・作文嫌いがふえるだけである。読書感想文をいくら書いても作文はうまくならない。作文じょうずな子供をそだてるには作文技術を基礎からおしえるのが先決である。本を読んだあとは、ああおもしろかった、つまらなかった、でいいではないか。その意味で移動図書館の読書感想ノートは、日タイの文化のちがいを考慮にいれても、評価してよいとおもう。
さて読書感想ノートに自分の名前などを子供たちが書き終えると、プリッサナー先生は絵本を一冊手にとり、読み聞かせをはじめた。鳥類の図鑑のようで、五・六年生は熱心に聞いている。
このあと子供たちはひとりずつプリッサナー先生に自己紹介し、読書にはいった。さすがに上級生だ。しずかに、すわって読書に熱中している。およそ一時間、午前十一時ごろまで読書はつづく。
おなじく木陰に陣取った三・四年生。ニッタヤー先生が読書感想ノートをくばり、書き方を説明する。
「表紙に名前と学年と学校名などをていねいな文字できれいに書きましょう」
子供たちはゴザの上に前かがみになって一所懸命かく。五・六年生が青のボールペンをつかっているのに対し、こちらはふつうの黒の鉛筆だ。二、三分たつとニッタヤー先生がたずねる。
「さあ、そろそろ書けたかな」
「はい。書けました」「まだです」(ともに半々ぐらい)
また数分がすぎた。
「もうずいぶんと時間がたってますよ。おわりましたか」とニッタヤー先生。
やがて全員が名前などを記入すると、本のもち方・ページのめくり方を読書感想ノートで練習。ニッタヤー先生が模範をしめしながら、ゆっくりと指導する。
「ひらいた本の背を左手で下からささえるようにもって、右手の人差し指をページの右肩の下側にいれて、すうーっと下のほうへおろします。そして人差し指と親指でページをやさしくはさんで、ゆっくりページをめくる。いいですか」
子供たちは必死になってニッタヤー先生のまねをしている。
杉浦 直樹
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