移動図書館日記

〜巡回寺子屋教室イサーンをゆく〜


移動図書館の巡回がはじまった(第1週)

96年6月5日(水)=午前= フアイヒンラード小(1)

 午前八時三十五分、緑ゆたかな国立コンケーン大学人文社会学部の移動図書館事務所を一台のワゴン車がしずかに出発した。快晴。暑い一日となりそうだ。

 車には三人の女性指導員がのっている。クローンゲーオ先生(二七歳)・プリッサナー先生(二十六歳)・ニッタヤー先生(二十五歳)。移動図書館ただひとりの男性職員・ノーイさん(三十五歳)がハンドルをにぎる(注1)。

 運転席もふくめて十二人乗りのワゴン車は座席が四列ある。最後尾の一列をとりはずした空間に、木製の青い図書箱や鉛筆・消しゴム・色鉛筆のはいったカゴ、緑色の表紙の読書ノートの束、移動図書館の活動で子供たちにおしえる歌の歌詞をかいたポスター大の紙などの教材が整然とつまれている。

 車は移動図書館事務所を出ると、ラオスとの国境の街ノンカーイとタイ国の首都バンコクとをむすぶ国道2号を北上した。広野を縦にきりさいてつくった国道を十五分ほどはしると、左手の草原に乳牛の群れをみつけた。十五、六頭いる。白や茶色の牛、黒い水牛はひんぱんにみかけるが、乳牛はここではめずらしい。

 午前八時五十五分、めざす小学校についた。フアイヒンラード小学校。国道2号ぞいにたつちいさな学校だ。まわりはすこしの田・畑のほかは荒野がどこまでもひろがっている。

 正門らしきレンガ造りの古い門をくぐると、教室がわりにつかっている倉庫のような平屋の建物に二階建てのこじんまりとした木造校舎、トタン板の屋根と柱だけの粗末な講堂が右側にならんでいる。左のほう一帯は土と草の運動場だ。

 ワゴン車を講堂の脇にとめると、校長先生はじめ七人の教員が笑顔でわたしたちを出迎えてくれた。つづいて児童たちが教室からぞくぞくと姿をあらわし、講堂にあつまってきた。コンクリートがむきだしになっている床に全校児童たちはペタリとすわる。一年生から六年生まで男女あわせて九十五人。

 プリッサナー先生が子供たちの前にたつ。

 「はい、みなさん、おはよう。わたしの名前をおぼえていますか」

 「おぼえていませーん」

 「あれえ、もうわすれちゃったのかなあ。おとといの月曜日(注2)、奨学金の授与でわたしはこの小学校をおとずれて君たちと会っていますよ。では、わたしたちはどこからやって来たのかな」

 男子児童がひとり、大声でこたえる。

 「コンケーン大学からです」

 「そのとおり、よくわかりましたね。コンケーン大学の移動図書館では、読書のほかにゲームや人形劇などいろいろな活動を予定しています。みんな、たのしみにしていてください。さて、そろそろわたしの名前をおもいだしてくれたかな?」

 さきほどとは別の男の子がさっと手をあげる。

 「メム先生です(注3)」

 「正解です。よくおぼえていてくれました。じゃあ、もうあとふたりの先生の名前も紹介しましょう」

 クローンゲーオ先生が一歩前に出る。

 「わたしはクローンゲーオ。ながい名前なのでゲーオ先生とよんでね」

 つづいてニッタヤー先生があいさつ。

 「はじめまして。わたしはニッタヤーといいます。ニックネームはピム。ピム先生です。きょう先生はかぜをひいていて具合がわるく、あまりおおきな声がだせません。ごめんなさい」

 ニッタヤー先生は本日体調がすぐれず、鼻声。昨夜扇風機をつけっぱなしにして寝たせいらしい。

 自己紹介がおわると、クローンゲーオ先生がタンバリンをたたきながら歌いだした。と同時に、歌をきいている子供たちのあいだから自然に手拍子がでる。

 本はとても仲のいいお友達 毎日すこしよむだけで

 いきいき 元気 たのしい毎日

 先生がさがしてくれた あの本 この本

 ぼくもわたしもたくさん読めば

 きっとなれます かしこい人に

 ニッタヤー先生作詞・作曲の「本は友だち」。あかるく律動的な歌だ。児童たちはすぐ歌詞と旋律をおぼてしまった。二度、三度、全員で斉唱したあと、クローンゲーオ先生が子供たちに問いかける。

 「男の子と女の子とどっちがじょうずだったかな、ピム先生にきいてみよう」

 「まず、男の子は百点満点ちゅう……九十九点 」

 ニッタヤー先生が発表すると、男の子たちからおおきな拍手と歓声があがる。ニッタヤー先生がつづける。

 「そして女の子は……何点かというと……、女の子も九十九点 」

 女の子たちも、男の子たちにまけないくらいの拍手と歓声で、体全体で喜びを表現する。

 「さあ、もう一回みんなで歌ってみよう」

 クローンゲーオ先生が手をたたきはじめると、児童たちは力いっぱい声をはりあげて歌いだす。体を左右にゆすり、手をうって拍子をとりながら。

 歌がおわると今度はプリッサナー先生が話しはじめた。

 「みんな、いまの歌をしっかりおぼえておいてください。さて、それではのちほど一・二年生、三・四年生、五・六年生の三班にわかれて本を読みます」

(注1)年齢は一九九六年六月五日現在。

(注2)一九九六年六月三日。

(注3)プリッサナー先生の愛称。タイの人はうまれたときに本名のほかに愛称をつける習慣がある。レック(ちいさい)・ノック(鳥)・ガイ(ニワトリ)・ペット(アヒル)・ムー(豚)・フォン(雨)・サーム(数字の『三』の意味)などのほか、ターイ・ナーイ・トゥー・ぺーン・ヤーオ・トイなどが一般的な愛称。さいきんではチェリーやブックといったイギリス語からとった愛称もふえてきた。

杉浦 直樹


[BANGKOK SHUHO]