タイの花木走獣

パン吉の夢 十五


「家を建て直す」 という夢の実現に向かって、パン吉は精進した。

 と言ったって、まとまった貯金があるでなし。家を建てると言ったって、大工などには頼めない。

 それでも、柱は村の専門家にあげてもらった。それから、始まる煉瓦積み。それをパン吉は全部自分の力でやったのだ。

 タイの観光業は、ソンクラーンが済むと、しばらくひまとなる。五月もたいしたことはない。

 旅に出る人がいないのは、乾いて暑い季節だからなのだが、パンはその間を利用した。

 ソンクラーンで南タイに行った後に田舎に帰ったのは二週間ほどだったろうか。

 もらった給料に、前借り分を足して持って帰ったパン吉は、建材を買った。

 そして、毎日、つめて働いたらしい。

 思い出せばあの頃は、気候は順であった。五月の声を聞けばドリアンの実は食べ頃となっている。それで、「レヌカーの旅」では、例年五月一日のメーデーに熱帯フルーツの旅を行っていたのだった。

 この二、三年は五月どころか、六月になっても実が熟さなかったり、今年のような不作とかで、トロピカル・フルーツの旅は難しくなっている。

 とにかく、五月一日の旅に合わせて、パンはチェンコーンから帰ってきたのだった。

 四月のメコン河岸は暑い。砂ほこりというのか、春霞というのか、もやった空のカーテン越しにぎらぎらと太陽が燃える。

 そんな中で、毎日、土方や左官仕事をしていたのだろう。パンの顔は日焼けたのだろうか、黒ずんだ顔にそばかすがいやにめだって、あれと思うほどだった。やつれても見えた。

 セメントを混ぜていましたという手は荒れて、がさがさだった。

 もしかしたら、もうあの頃に具合が悪いのが始まっていたのかも知れなかった。

 でも、家を建て始めたパンは必死だった。雨が来ない内にかたをつけようというのだろうか。一人では無理なんだから、急ぐなよ。

 ソムチャイの声が聞こえない様子はいつも通りであったが、もしかしたら、パンは焦っていたのかも知れなかった。

 雨が来る前に屋根をつけてしまいたい。そして、身体が悪くなる前に家を建ててしまいたかったのだろうか。

 当時はまだ憲法記念日が五月十日だったし、ヴィーサーカ・プージャーが五月になることも多い。春耕祭も五月なので、少し休日が続いて、旅にお客さんも入ってという時期が過ぎると、こんどはまた暑くて、旅行会社もバス賃貸業者も暇な時期となる。

 そして、雨季安居入りまで、およそ一カ月半ほどまったく収入のない時期が続くのだった。

 パンは又、村へ帰って、雨季安居入りの蝋燭寄進行列祭りまで、家をいじる。

 なにしろ一人仕事であるから、どれくらいかかったのか覚えてはいないが、こんな往復が続いて、時が満ち、パンの家はおおよその完成を見たらしい。

 それがどうして分かったかと言うと、建具を入れ始めたのだった。

 窓枠や扉は、パンとて自分で作れず、でき上がったものを買うことにしたらしい。

 ナーと呼んでいるのだから、母の妹分にあたる人なのであろうか。いや、父側の人たちだったらしいが、パンはこの親戚に窓枠を嵌めてもらうように頼んでいたらしい。 田舎からかかってきた電話に大声で答えるパンのことだから、家がどんな具合で、はめる窓枠が幾らかも事務所中に知れ渡ってしまう。

 それなのに、パンはなかなか給料の前借りを頼まなかった。

 この男は誇りが高いというか、意地はりというか、痩せ我慢というか何かおかしなところがあって、ある額以上の前借りはしないのだ。 チェンコーンまで行ったり来たりも大変だし、一カ月分くらい貸してあげるよと言っても、半月分しか借りないのだ。

 彼の口癖はこう。

 「恩を着せられるのは、まっぴらごめん」

 彼の言葉で言えば、「トワン・ブンクン」されるのは嫌だというのだ。

 ブンクンは、徳行とも、恩とも訳せるが、どちらにしても、山猿パンは都会の人に変に親切にしてもらい後でとんでもない恩返しを要求されるのはいやだというのだ。 と、いうことは、かつてそんな目に会ったということなのか。

 必要な金も借りようとしないで我慢するパンの痩せ我慢を見ながら、私はなつかない痩せ猫を見るような思いを抱いたのだった。

 その我慢は、可笑しいというか、悲しい結末を生んだ。

 ある日、パンにチェンコーンのおばさんから電話がかかった。

 「金は送ったのに」

 でも、着くのが遅かったのだろう。

 それで窓枠屋が窓枠を外して、持って行ってしまうという電話であった。

 受話器を置いてから、がっくりと肩を落として庭の方に歩いて行ったパン。

 ターベーブーヤーの樹下の陶椅子に腰掛けて、寄って来た犬たちの頭をなでていたっけ。その落胆ぶりは可哀相ながらも、金が届かないから一度嵌めた窓枠を持って行ってしまうというタイの田舎の商人のあこぎさが可笑しくって笑ってしまった私だった。

 「もう窓さえ入れば、出来上がるところまで来たんですがね」

 「いいじゃない、金さえ払えばまたすぐ嵌めてくれるよ」

 でも、あれはどんなにつらかったことだろう。一つ壊れた夢を新しく積み立てて、家が出来上がらんばかりだったのにねぇ。

続く

レヌカー・M


[BANGKOK SHUHO]