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インドビジネス最新情報 日本が技術導入したアーメダバード グジャラート州のこのグジャラート州最大の都市がアーメダバードで、三百三十万人が住む落ち着いた美しい町である。州都のガンジナガル(ナガルは町。マハトマ・ガンジーの町という意味)は、アーメダバードから車で四十分ほど離れている。マハトマ・ガンジーがこのアーメダバードでインド独立運動を開始したという歴史もある土地柄から、ホテルに泊まっても酒はない。許可を得た外国人向けに酒を売る店があり外国人がホテルの自室に酒を持ち込んで飲むことは自由なのだが、レストランでさえお酒は出ない。このことがインドでは最も治安が良い一帯になっている理由かも知れない。グジャラート州には早くから外資が一〇〇%出資で進出できる輸出加工区(FTZ)があり、化学・薬品工業が発展している。アーメダバードに近い州都のガンジナガルにはソフトやハードのエレクトロニクス産業を誘致する工業団地があり、ここに進出するとセールスタックスの軽減など税制優遇が適用されている。同州のアラン港は日本の援助も得た世界最大の船舶解体所があり大型タンカーなどを解体している。 アーメダバードは、古くから手織物の中心地として英国の技術を導入して発展した。英国東インド会社の最初の商館もアーメダバード南部のスーラトにあった。アーメダバードはサーバルマティ川が町を東西に分けており、西側には一九一五年にガンジーが独立を考えたガンジー・アシュラムがあり、サーバルマティ川の東北部には、インド古来の染織物を集めたキャリコ博物館がある。明治時代には商業会議所の会頭であった渋沢栄一や大隈重信が当時の外務大臣に働きかけ、インドの進んだ織物技術を日本に導入するミッションをアーメダバードに送っている。今回、アーメダバードの中小企業で、サリーに身を包んだインドの若いOLが難解な米国のデーターベース・ソフトを駆使しているのを観察していて、いつの日か、インドからまた技術を導入する時代が来るのではないかと予感した。 東南アジア各国の工場では日本製工作機械が中心的だが、インドでは欧米機械が中心である。インド各地で金型メーカーの経営者にどのような機械を導入しているのか聞いてみたが、スイスやドイツの工作機械、ドイツ・ツアイス社の測定機などほとんどが欧州のメーカーの名前をあげており日本のはまず聞かれない。九八年三月にニューデリーで開催されたインドの国際工作機械見本市に参加した日本の工作機械メーカーの一部にインド市場参入の遅れに対して焦りも見うけられる。 アーメダバードのエリスブリッジ近くに、ママタ(MAMATA)グループという工作機械メーカーがある。同社の現在の年商は五億ルピー(一ルピー約三・三円)だが、給与が数千円のインドの生産高を日本の感覚に合わせるためには数十倍の規模で見る必要がある。同社グループの中核企業であるママタ・マシナリー社は、自社開発したプラスチック袋を製造するコンピュータ制御の機械生産ではインド初の「ISO(国際標準化機構)9000シリーズ」の品質を認証された。同社の機械は南アフリカ、オーストラリア、スリランカ、中近東、マレーシアなどに輸出している。ママタ・マシナリー社にいる九十人の社員の内で五十人もが大卒のエンジニアである。 同社には米国シンシナティ・ミラクロン社との合弁会社もあり、射出成形機を生産しその半数を米国に逆輸出している。去る三月十二日にはシンシナティ・ミラクロンのダニエル・J・マイヤー会長が米国よりアーメダバードに来て、八千平方メートルある新工場の落成式をした。米国を代表する大手工作機械メーカーであるシンシナティ・ミラクロン社の最高経営責任者(CEO)が、同社にとってはちっぽけな存在に過ぎないインドの工場までわざわざ来ているのはインドの将来性を高く買っているためだ。年間二百台の射出成形機を生産しているが、今回の投資に伴ってシンシナティ・ミラクロン社側の出資比率は七四%(ママタ側は二六%に減少)に増えた。パテル会長は、「出資比率はどんなでも問題はない。双方ともあくまで信頼できるパートナーであることが必要だ」としている。シンシナティ・ミラクロン社に比べて日本の工作機械メーカーのインドでの活動はお粗末である。 ママタ・グループのオーナーであるM・N・パテルさんは、「実は十年ほど前になりましたが、日本の商社である伊藤忠のムンバイ支店の紹介である日本企業と合弁を始める覚え書き(MOU)に調印、レター・オブ・インテント(内示書)にまで進んだのに、この日本企業は三カ月後にキャンセルしてきました。このような日本企業との経験がもうひとつありました。こんなわけのわからないことになる日本企業とは決別して欧米企業と組んだのです」という。 もう日本企業と組むのは懲り懲りかとパテルさんに聞いてみた。 「日本企業もインド投資でノウハウが深まってきているはずです。現在、日本企業と組みたいとパートナーを求めているのは、シール、印刷を含める技術を持っている包装機械メーカーとの提携です。包装機械は日本製が一番ですから日本との関係を再構築してみたい」と応えてくれた。 ママタ・グループとドイツのクレックナー社が六〇%出資するクレックナー・マシナリーPVT社ではゴムの射出成形機を生産しており、九七年には従業員十三人だけで五千万ルピーを売り上げた。また、グループの一社として一九九七年に設立されたばかりであるKHSマシナリーPVTのヤティンドラ・R・シャルマ社長によると、「毎分六百本でボトリングとラベリングも出来るラインを製造しておりコカコーラ・インドに納入しました。このスピードの機械は現在、日本でも生産できないものです。キリンビールにも納入することが決まりました」と誇っている。 ママタ・グループは他に十九人の社員で二千万ルピー分のデータベースソフトであるオラクルに付加価値をつけたソフトを販売するソースプロ・インフォテク社など多数の子会社を持っている。 (アジアジャーナリスト 松田 健)
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