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タイの花木走獣 神が宿る樹 2 行列に混じって、一緒に写真を取り、やっと分かったのは、行列の中心は一台の荷車であるということだった。 それこそ、コナラクの太陽神寺院を思い起こさせるような大車輪の大八車が白衣の男たちに引かれて、通りを練ってくる。車の上には濃黄のマリーゴールドの花包。その下に大きな丸太が積まれていた。 後続のピック・アップ・トラックには今切ったばかりという大枝が緑の葉をつけて盛られていた。 ふと、心にひらめくものがあった。 「これ、もしかして、ニムの樹ではないかしら」 車に一人残ったガイドに向かって叫んで確かめると、微笑みとうなずきが返ってきた。 本当に偶然も偶然。神の宿る聖樹ニムの話は昨日聞いたばかりだというのに。今日、その行列に会えるなんて、何て運の良いめぐりあわせだろう。私はM先生ご夫妻と嬉しい顔を見合わせた。 昨日はプーリーのジャガナッタ寺院前通りに立った図書館のヴェランダから、非ヒンドゥー教徒をこばむジャガナッタ寺院の片鱗をのぞいた。 この寺院の中に祭られている神はジャガナッタ神とその兄と妹であるが、ご神体はニムの樹で彫られている。十二年に一回、そのご神体を改める祭りがある。その時には白装束のブラフマンが歩いて行って森の中でご神体に相応しいニム樹を選び、切り倒すとプーリーに運び、十五日の間にご神体を彫りあげるのだという話であった。 「用すみになったご神体はどうします?」 土に穴を掘って埋めるというのが墓のようで興味深かった。三人兄妹のお墓かな。このジャガナッタ寺院は十一世紀頃のつくりであるから、十二年を周期とすれば、一世紀に八回。八世紀の間に六十七回、ご神体は改められていることになる。 大きな穴が掘られているのかしら。ニムって、どんな樹なのかな。 すぐ、腐ってしまうような樹なのかしら。 見たら、教えてくれるということであったが、その催促を悪路ゆえに脳震盪気味の頭はすっかり忘れていたのだった。 荷車の上の樹肌は、ざらざらした茶褐色。縦にひびが入っている。 ピックアップに近づき、まだ萎れていない葉をもらい、手にとった。 やなぎにも似た細い葉だが、へりに細かいぎざぎざがある。 「これ、タイのサダオじゃないかしら」 葉をもんで見ると、懐かしい匂いがする。 この樹、小さな白い花が咲くでしょう。 サダオの花にも若葉にも、苦みがあります。カンパリのような軽い苦み。雨季の終わりに咲く花を待って湯掻き、鯰の網焼きに甘いたれをつけたのと一緒に口に入れるのだ。 時間をかけて焼かれ、いぶされた鯰のけむっぽさとサダオの花の苦さを甘いたれが包んでくれる。 何本もの河が注ぐベンガル湾沿岸の雄大さは一本の河を中心に広がったチャオプラヤ・デルタと比べるべくもないけれど、風光には何か似通った要素があると感じていた。 あれもニム。これもと、ガイドに教えられて車窓を見ると、道路脇には何本ものサダオが植えられて、大樹になっていた。 パガンにも沢山のサダオの樹が植えられていたっけ。私はイラワジ河のほとり、半砂漠のような荒涼たる地に林立する遺跡とサダオの樹を思い出した。 私の庭にもかつてパタヤで拾った苗が育ったサダオが緑陰をつくっていたことがあった。家をドイツ人に貸したら、私に無断でその樹を切ってしまった。 あれは神さまの宿った樹だったのね。どうりでその後、良くないことばかり続いたわ。 ジャガナッタはヴィシュヌ神の生まれ変わりだけれど、この樹はほかの神さまも棲まわれるらしい。疱瘡よけの神様もすむから、この樹の葉に疱瘡よけの特別の効力があると言われる。「ネパールとインドの宗教樹」には、女神カーリーも棲まわれるので、女神の祠はこの樹のもとにつくられることが多いとも書いてあった。 スリランカに住んでいた頃、よくお寺の儀式でつかったマルゴーサという樹の葉が、サダオの葉だったと知ったのも今回の旅であった。南の果てのカタラガマでマルゴーサの葉を孔雀に乗った神さま(あれはカルティキアだったのかしら)に捧げたことをおぼえている。 プーリーを囲むオリッサの田舎では、どこでもジャガナッタ神の信仰が盛んである。行列した村人たちはあのニムの樹で新しいご神体を彫ろうというのだろう。 「あの行列について、しばらく踊って行きたかったな」とは、しばらく走った後のM先生の述懐。 バンコクに帰った今も、それが惜しまれるベンガル湾沿いの道路上の出会いであった
レヌカー・M
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