タイの花木走獣

神が宿る樹


 フラミンゴの群れを見にチルカ湖まで遠出した帰りだった。

 オリッサの道は粗い。湖畔からブヴァネシュワールまではたった百五キロの距離だというのに、ドライブは二時間の予定となり、今はそれにも大幅に遅れている。

 ガイドを前の席に座らせて、私たち三人はスタンダード・ワゴンの後部座席に並んでいた。

 インド国産車では二十何年来モデル・チェンジをしないという元オースティンのアムバサダーがあるけれど、後部座席に限って言えばスタンダード・ワゴンは心なしか余裕がある。

そんなこと言っても、この道路ではね。

 黙って寝ていると、揺れて揺れて脳震盪になったような気分になってしまう。

 それで、私たち三人はしゃべり続けた。真ん中に男一人のM教授。その両脇を教授夫人と私が固めて、先生には「両手に花」と言っていただいたのだが、私は密かに「如来と脇侍」とつぶやいていた。

 アジャンターの第一窟では向かって左に蓮華手観音、右の壁には金剛菩薩が描かれている。蓮華手観音は白い顔で洞窟の暗闇に浮き立ち、金剛菩薩は褐色の肌で壁面にへばりついている。

 日本からいらした教授夫人は白い蓮華手観音。十二月になってから、インドに合計三回も来ている私はもちまえの面倒くさがりで粉もたたかずに太陽に曝された結果、今はさしずめ金剛菩薩である。

 それも悪くはないわ。

 金剛菩薩の幼い顔を瞼の裏に浮かべつつ、私は脳震盪予防に会話を続けていた。

 「あれは何でしょう!」

 真ん中の席の如来ことM教授が窓外を指さして、声をあげらた。

 その指の向こうを見ると、何やら大勢の行列がやってくる。これは葬式か、出家か。婿入りか。

 私たちは車の両方の戸を開け、道路に飛び出た。

 それは行列と呼ぶには整然さのかけた人の群れだった。前方百メートルほどの地点から道路幅の三分の一ほどの広がりで長く連なっている。 ところどころに瘤のように濃い塊があるのは、そこに花婿か結納品か、行列の中心があるのだろうか。

 近づいた私たちの目に、その群れはいよいよ雑容さを増し、謎めいて映った。

 遅い午後の陽射しを受けて輝いている褐色の肌。大人も子供も男ばかりの群れは嬉しそうな笑顔を並べていたが、晴れ着など来ているものはいない。

 いましがたまで働いていましたといわんばかりのよれよれの白ドーティ。色シャツにジーンズの青年のいたが、それはもしかしたら晴れ着なのかも知れなかった。

 先達の子供たちは踊っていたろうか。その後をぞろぞろと歩いて来た行列は私たちの構えるカメラに喜びポーズをとった。それを見るや、後ろの連中まで走って前に出てくる。

 いまや行列は群衆になってしまった。行列の中心を見るどころではない。いまや、向こうが私たちを見ようと列を崩して集まってしまったのである。

 ヒンドゥ語はインドの国語で、ここオリッサでも政府の要所要所にヒンドゥ語の表示を見かけた。しかしそれは北インドの議会派が勝った全国レベルの政治闘争の結果の建前の世界であって、実際にはオリッサは、オリヤ語をしゃべるオリヤ人の世界である。

 オリヤ世界のど真ん中の道路上を練って歩く村人たちは英語はおろかヒンドゥ語は通じなかった。

 私がカメラを構えると、手に持ったどらを高く掲げる男の子。赤い布切れを頭に捲いた白服の男は手に持った小さな法螺貝を吹く。

 ブオーッ、ブォーッ

 わぁーつという歓声が上がる。

 一体全体、どこへ、何しに行こうというのかしら、この人たち。

 何が何だか分からないままにも、彼らの純朴な喜びは私たちの心にも伝わって来る。すっかり嬉しくなってしまった三人の旅人であった。


レヌカー・M


[BANGKOK SHUHO]