タイの花木走獣
パン吉の夢 34
三月八日。
午前七時十分発の便でドンムワン国内空港を発った私は、一時間後にはチェンラ―イ空港に着いていた。
雇っておいた車で、チェンコ―ンに急ぐ。十時過ぎにプラブクの里に着いたが、腹がへっている。
近年のTG便のサ―ビス簡略化は著しいが、当時既に国内線の朝便の食事は省略されているか、又はなきに等しい状態に帰していたのであろう。
さて、これから長い一日を空き腹を抱えてはいられない。かと言って、葬家に迷惑はかけられない。
パンの葬式は午後ということであったので、まだ時間はある。
と言うわけで、ソムチャイに車を止めさせ、私はハ−ドクライ村レストランで食事をすることにした。ここは前にも、来たことがある。プラ−・ブク漁の本拠地である。
岸辺に表札が立っていた。
「バ―ン・ハ―ドクライのメコ
ンオオナマズ漁場」
「メコンオオナマズ(・PANGASIANODON GIGAS)・は世界最大の淡水魚であって、通常はメコン川下流域に生息するが、産卵期になると流れをさかのぼり、中国雲南地方の大理の湖まで上がって産卵する。この道中、魚はハ―ドクライ地区を通過するが、乾季でメコン川の流量は低く、漁がし易い。
毎年、四月十八日になると、この現象から利益を得ている村人たちは狩猟をことほぐ儀式を行う。
メコンオオナマズの狩猟は儀式によって解禁され、毎年六月初まで続けられる」
表札はタイ語と英語で書かれていた。ということは、ファランも来るということであろうか。
我が日本の某プリンスがこの儀式みたさに来タイし、マスコミを賑わしたのは確か二、三年前のことであった。
それにしても、魚を捕まえるのを見るのは大変だろうな。
川岸に立って、目下にひろがるメコンの流れを見る。
ハ―ド(浜)というだけに、砂浜が広がっているが、そのどこで魚が採れるというのか。
岩をえぐって流れるメコン川にはいたる所に礁がある。漁法としては、その狭間と凹みに網をしかけて、もう一方から追い込みをかけるらしい。ビデオで見たことがあるが、魚を追い立てる祝詞のようなものの中には、大分汚い文句というか、英語で言えばフォア・レタ―ズの罵り言葉があって、その言葉を聞きつけたメコンオオナマズが挑発されて、怒り、水面に浮かび上がってきた所を捕まえるのだと聞いている。
でも、派手な動きはないよね。
それに、捕まえる所を見ようとしたら、岸辺の高見などでは駄目なのだ。
自分も川の中に入らなければ、見えやしないだろう。
とても、旅の材料にはならないな。
というより、食指は動くが、材料にしてはいけない類の祭りなのだ。
「レヌカ―の旅」では、毎年タイの三大祭りと銘打って、ウボンの蝋燭寄進行列、スリンの象祭りスコ―タイのロ―イクラトン祭りを見物している。派手な祭りを観覧席から見物する旅は、毎年大あたりで、雨季末から乾季始めにかけての「レヌカ―の旅」の三大収入源として毎年、零細企業レヌカ―&カンパニィに一息つけさせてくれているのだが、メコンオオナマズ解禁の式はその類ではないだろう。
以前にメコン川下流で川イルカを見る旅を催したことがあるが、(この事情は一九九三・十二月から翌年の一月の五回にかけて書いた「いるかはいるか」に詳しい)あれは「レヌカ―の旅」の中でも記録に残る大冒険旅行だったし、もちろん金も残らなかった。
魚釣りは地味なショ―なのだ。
という訳で、私はマスコミに叩かれたプリンスに同情したりしたのだった。
レストランにはここ十数年のプラブク漁の浜揚げ数が表になっていた。
仏暦二九二九年(西暦一九八六年)には十八疋、捕まる数は年々増えて一九八八年には四十二疋、八九年には六十疋。これが最高で後は段々と減って、一九九七年はなんと六疋。もちろん保護しようという風潮があるのだろうが、それ以上に少なくなってしまったのであろう。
メコンオオナマズは巨大なので有名であるが、浜揚げされた中で最大のものは、一九九四年の二七三キロであった。
つづく
レヌカー・M
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