タイの花木走獣
パン吉の夢 30
パンには言って置かなかった。
その年の正月はナーンからチェンコーンに出るとは言ったが、パンの村に寄るとは言わなかった。
下見の時には、旅がどんな形に仕上がるか、まだ分かっていなかったし、なにしろ、出来ないかもしれないことを言って、パンを待たせたりしてはいけなかった。
でも、必ず、家にいるだろう。
もう、明かりとりの窓ガラスは入っただろうか。
家の前に砂は敷かれただろうか。
パンの家を探して、ゆっくりと村中をクルーズする花バスの中で私は軽い期待を覚えた。
それを抑えて、降りたパンの家。
嬉しいことに、その前には厚く砂が敷かれ、パンの家の入口は新道路と同レベルになっていた。
あら、よかったねぇ。
と言うより、出したお金をその通りに使ってくれて有り難うと思う気持ちもあったのは、これまでのタイの生活でそうしない言い訳を散々聞いてきたからであった。
ところでパンはどこにいるの。
と、探す目の先に現れたパン。
白木綿の下ばきは、カンケーン・チャオレーとも呼ばれるが、ベルトの代わりに前布をしばる中華スタイル。長男と次男が寄宿学校にいた頃にごまんと作ったのをパンに下ろしたのだった。
白シャツが赤ちゃけているのは労働の汚れか、洗濯に使う水が濁っているのか。
一瞬にめぐる観察の目をさえぎるように、そばかすの顔に笑みが浮かんだ。
又、少し、痩せたようだが、元気はあるようだ。
「鶏小屋を作っていたんですよ」
花バスを見て、嬉しそうな顔。
バスから降りてくる大勢の顔を見て、まぶしそうな顔。
「パン、久しぶりだなぁ」
顔みしりのお客さまたちが肩をたたき、声をかけてくださる晴れがましさ。
皆が自分の建てた家を見てくれ
ている。
目地というよりは、下地と言いたいほどに分量の多いセメントの中に赤土煉瓦が浮かび 泳ぎ 躍る様に微笑む方。思わず口を抑えて、しのび笑いする方。
でも、骨組みはしっかりしていますよねぇ。
立派な窓枠もついているんだ。
口々の激励や肩たたきに顔がほころびるパン。
その窓枠がつく迄が大変だったんですよ。
いつの間にか、私も自慢げな顔をしてしまったら、パンの父が現れた。
「皆さん、これがパンのお父さんです」
瓜二つというか、この父にしてこの子ありというか。よく似た小さい身体と大きい身体。その上に乗った二つの顔の似ていること。そばかすを散らした頬、額に差し出た赤髪のぼさぼさ具合もそっくりだが、パン吉の方が少しシャープと思うのは、私の身びいきかだったろうか。
あまりに似た二人の姿にお客様のどよめきの声が聞こえた。
まずは家にお入り下さい。
と言っても、九十人近い人数が入れる規模ではないから、何組にも分かれての点検である。
私も入った。
木窓の上の明かり取りにモザイク・ガラスが入っていたのが、嬉しかった。
色つきではなかったが、それは田舎で探すのは無理だったろう。でも、でこぼこのモザイク・ガラスは朝の光を幾重にも屈折させてパンの寝床に届けてくれるであろう。
私は嬉しかった。
私の小さな願いを受けて、それを生真面目に実行してくれたパンの気持ちが嬉しかった。
朝の陽がパンの家に差す時、それがモザイク・ガラス越しだったら、どんなに綺麗だろう。病床についてしまったら、それがパンを如何に楽しますだろうか。
全ては私の思い入れだけであるけれど、それを受けて、自分の労力で実現してくれたのはパンだ。
その後、幾度となく遠いパンのことを思う時、私は燦々たる朝の光につつまれた彼の姿を瞼に思い浮かべることが出来た。
タイ経済が急坂を降りるように悪化したこの二年、私の会社の売上も少なくなった。自然、パンへの送金も少なくなったり、とどこおったりすることもあった。
思うようにならない事態が続く中でチェンコーンの彼を思い起こす時、窓ガラス越しに注いでいるだろう朝の光のイメージは私のつらさを和らげ、慰めてくれたのであった。
あれは、及川さんの提案だったろうか。それとも平田夫人のご好意だったろうか。
今となっては忘却の彼方であるが、思いがけずも有志の方々が募って下さり、パンはお見舞い金をいただいた。
向かいに住む伯母さん、伯父さん、近所の人々が出てきて、日本人のお客さんたちに囲まれたパン吉を見守った。
最後にパンの願いで、パン吉親子が花バスの前に立つ姿を写真に納めた。
さぁ、行きましょう。
今日は大晦日。
「レヌカーの旅」はこれからメコンをさかのぼり、コク河に出て、チェンラーイのホテルにたどりつかなくてはなりません。
さようなら、パン。
さようなら、パンのお父さん。
さようなら、パンの村。
今別れて、次は何時、どんな姿再会することやら。
でも、よかったね。
今日、会えて。
懐かしい、愛しいバスにも触れ、お客さまにも激励していただいて。
私の振る手に応えるパン。
時には鳥のように、時には猿のようにも見えたパンだったが、あの日の彼の目に浮かんでいた優しい光を思い出すと、今でも私の心は和むのである。
つづく
レヌカー・M
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