タイの花木走獣

パン吉の夢 25


 パンが郷里に帰ったのは一九九五年の乾季だった。蝋燭まつりもまだ先の五月頃だったと思う。人もその台所も干からびる、タイの五月だった。

 郷里に帰ったパンの様子を聞くつては、三方あった。

 一つは、パンからの手紙。

 くそ真面目であるから、送金すれば必ず礼状が来た。きれいな細い字がきっちりと並んだ手紙だった。

 あとはプラシットからの「風の噂」

 これも、なかなか馬鹿にならない。

 緊急の場合は、パンの真向かいに住む伯母さんから、電話がかかった。例のガラス窓を取り返された際の金受取人である。

 パンが帰って二、三か月は、まだモンデット先生から薬をもらって、チェンコーンに送っていた。

 試験費が少なくなったので、負担が軽くなったけれど、このままずっとこれで行けるのかなぁという懸念はあった。

 そして、ある日。あれは九月になっていたろうか。緊急電話がなってパンの伯母さんが「危篤」を知らせてけてきた。

 その時のソムチャイの反応は早かった。

 この男、どうもパン吉の最後が来たと思ったらしい。

 エイズが怖いにしては、がんばった。いや、あれは怖いからあんなに機敏に動いたのかも知れなかった。

 伯母さんからの電話をもらうとすぐ、キヤク、クアクにクン・ナーイ・サ・ウ。勿論、プラシット。パンもソムチャイも働いていた黄金の定規通りのCトランスポートのクン・パパーポン。我が社に来る前にパンが働いていたサムロンの頭家。

 パンがバンコクにいた時に雇った人、一緒に働いた仲間には皆、声をかけた。それなのに、私には行こうとも、行ってくれともいわなかったのだった。忙しいのは知っているから、と良い方にとって考えていたがなぜ私に行こうと言わなかったのかという思いは残った。

 この問題はあとで三年後に浮上してくることになる。

 ソムチャイの募ったパン見舞い団には、プラ・ブクの里にピクニックに行くのはないのかと思う人数と顔ぶれがまたたく間に集まった。

 そして見舞い団はソムチャイのサーフを先頭に、仕立てたミニ・バスを従わせて、メコンのほとりなるチェンコーンに向かったのであった。

 その度の見舞い部隊というか(本人たちは見送り部隊のつもりだったらしいが)の出発にあたって、私はサミッテヴェートに走り、またもやモンデット先生から「お墨つき」というか、「パンは私の患者でこれまでこういう処置をしてきました。よろしく」という手紙を出してもらった。

 先生はチェンマイの病院が良いと言っていたが、パンはすでにチェンラーイ県チェンコーン郡の郡庁所在地の国立病院に運びこまれていたのだった。

 そこにはソムチャイの話によるとエイズの最後の段階になったような患者たちが大勢収容されていたらしい。パンと同じと考えると、一九八十年代に感染して、様々な長さと様子の潜伏期を経て、九十年代初頭に発病した患者たちであったろう。

 そこでは医師も看護婦たちも次々と運びこまれるエイズ患者たちで忙しく、モンデット先生の「お墨つき」には、目もくれなかったという。

 ソムチャイたちの顔を見ると、パンは喜んだが、ベットから立てない。身も起こせない。声はかすれて間近に顔を寄せないと聞こえないほどであったという。

 エイズ怖しのソムチャイもしかたなく、パンの口に耳をつけて聞きとったらしい。

 その耳にパンがささやいた願い。

 「毎日、誰かが消えて行くんです。

 医者が注射しているらしい。

 ここから出してください」

 ソムチャイは看護婦に言ったそうだ。

 「こいつの金は最後まで払う。誰もこいつに早く死んでもらおうと思っていないんだ。会社が面倒見るから、注射はやめてくれ」

 看護婦は妙な顔をしたそうだ。

 それで、なおさら疑いが濃くなったソムチャイたちが、パンの病室に行くと、前の日には確かにいた左右のベットの患者が消えて、看護婦が新しい患者を迎える用意をしている。

 パンは哀願するような顔をして、ソムチャイをみつめている。

 ここで見送り部隊は救援部隊に変身したのだった。

 「この患者は連れて帰ります」

 重症のエイズ患者が帰宅すると言っても、誰も反対しないところが当時のエイズ蔓延の北タイの事情を伝えている。

 キヤク、クアクにパンの親戚に助けられ、ソムチャイは身動きできないパンを両手に抱いて、サーフの後部座席に運び入れた。

 そしてパンの生まれた村近くの寺に向かったのである。そこはエイズ患者を生薬で治療するということで知られていたのだった。         

つづく

レヌカー・M


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