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タイの花木走獣 パン吉の夢 7 クンナイ・サ・ウからは、バスで暮らすパン吉に会いに行ったと連絡が入った。レヌカー&カンパニーで働かないかと言ったら、ニヤリと笑ったそうだ。 感度良好という返事を聞いて、今度はソムチャイが出て行く。それも夜だった。口下手な彼のことだから、バスのボディを洗っているパン吉の前に立った時、何時もの口調でこんなこと言ったのではないか。 「ミー・アライ・ルゥ・プラオ」 日本語に訳せば「何か話したいことがあるのかよ」である。 普通の人はこんな言葉を聞けば、むっとする。私だって、電話でこう言われた時には、最初は怒ったものであった。 なんだ、向こうから電話してきて、この口の聞き方はなんだ! しかし、Cツァーで何年も働いたことのあるパンはソムチャイなる男をよく知っていたのだろう。それにクンナイ・サ・ウの露払いもあった。 給料を高くするなどと、ソムチャイが言うはずはなかったが、黄金の定規通りの小さなツァー・バスの世界でソムチャイが享受していたアウラについては既述した。 山猿パン吉は動物的本能で思ったのに違いない。 この道の先に光が見えると。
パン吉はルアム兄さんに五千バーツの前借りをしていたというので、それを返してやって、引き抜くことになった。その前に一度会社に来て待遇など私と話してみたほうが良いと思ったのだが、それは思ったほど簡単なことではなかった。 無尽講の小切手をとりに来たクンナイ・サ・ウに伝言し、電話をかけてきたパンに言った。 クン・レヌカーがお前と話したいから、エカマイ・ソイ十の事務所まで来ておくれ。 中国人の葬式の仕事が入っているから、それが終わって、夜になって行きますという話であったが、待てど暮らせど犬も吠えず、パンの姿は現れない。 真夜中になって、サムットプラカーンから電話がかかった。 「事務所が見つからないので、帰って来てしまいました」 「馬鹿ね、なんで途中から電話か けないの。明日また来なさい」 翌日はもち米を炊かせて、待っていたのだが、やはり現れない。 電話がなった。 「今、ソイ十の入口です。やっぱり分かりません」 それじゃぁ、今行くから、そこで待ってなさい。 あれはまだトヨタのクラウンがあった頃だった。 ソムチャイがすぐさま駆けつけたが、ソイの入口にはいない。もうそれでは十二のチャランチャイの方に回ったか。一回りして見てもいない。ソイ七一の方にも、エカマイ十の入口はあるから、間違ってそちらで立っているのかしら。事務所に残った私と携帯電話で連絡しながら、ソムチャイはパンを探して走り回った。 結局、パンはみつからなかった。 いろいろ探して、最後には黄金の定規通りまで行ってもパンには会えず、事務所に帰って来たソムチャイを私はサムットプラカーンまで走らせた。 そうしたら、ガレージのバスの前で、今帰って来ましたという風でちょこなんと座っていたそうだ、パン吉は。 それで又、明日来いと言ったそうな。 パンも又明日探して見ますと言ったそうだ。 それだけ言っただけなの。 道順も詳しく言ってやらなかったの。 怒る私に、憮然たるソムチャイ。 その頃、私はレヌカー号という小さな船の船長として、実業の世界の海に乗り出して、様々の苦労を味わっていた。 お金を稼ぐことは若い頃から通訳をやっていたから、知っていた。それは職人としてであったが、幾ら零細といえども、従業員のいる会社を経営するとなると職人だけの才では駄目である。 他人に働いてもらうのは大層なことだ。日本人の間でも真実であろうことは、タイ人が相手となると一層の重みを持った。 教育はないと言っても頭は良いし、呑み込みは早いシーは、家事手伝い上がりであるが、長年私と一緒に暮らし、日本人のやり方を知っている。 それに比べて夜学の短大に通うシムの頭の固さは考えられないくらいだ。前は紙問屋に働いていたらしいが、その同じ方式で何枚もの伝票を書き、ファイルに綴ることに精を出しているが、前の週の旅の清算はと言っても出来ていた験しがなかった。 私の息子たちを小学校で教えたスダー先生は良い人であったが、経営のABCも知らない私の下で働いたのは彼女の大いなる不幸であった。 彼女は朝七時には事務所に来ている。朝起きて、事務所に入ると、レシートをA4の紙に糊つけしている彼女が目に入って、私は何ともやり切れない気持ちになるのであった。 ソムチャイは、別の意味で問題児であった。彼は運転の職人である。車のことと、道はよく知っているがあとはまるで赤ん坊であった。 現在は彼の器用さを知ったレヌカーにおだてられ、会社の印刷部門を一手に引き受けるようになったのでけっこう忙しいのだが、当時は運転しない時は手持ち無沙汰であった。 それに彼は無口である。 しゃべれば、口が足りなくて、肝心のことを言わない。と思うのは、それまで違う世界に生きてきたレヌカーだけで、こんなことで良く話が通じると思うような符号みたいな会話で結構大きなバス・レンタルの話を取ってきたりすることもあって、私はちんぷんかんぷんであった。 さて、事務所にたどりつけないパンの話に戻ろう。会社にたどりつけない人は雇えないのだ。 その翌日の夜もパンは、事務所が見当たらないと電話を寄越した。 ソイ十の入口の公衆電話からかけているというパンの声に、ちょっと思いあたる感じがあった。 「外を見てごらんなさい。何が見える?」 「ビルとビルの間で何も見えないですが」 ははんと思って、言葉を続けた。 「向かい側に星印のガソリン・スタンドが見える?」 見えないというパンの声に、私は絶叫した。 「あんた、スクムヴィット通りのソイ十にいるのよ。私の事務所はエカマイの十よ。これからすぐエカマイまで戻って、ソイ十を探しなさい」 夜半だったので、道も空いていたのであろう。それから三十分ほどで無事パンはレヌカー・アンド・カンパニーに到着した。 いつか、ルアムが言っていたように、この山猿、あまり頭は良くないのかも知れない。 それとも、ソムチャイの言い方が悪かったのか。 その後、パンが私の所で働くようになっても、この種の思い違いというか、聞き違いというかは何度となくあって、その度にパンは何度も無駄足と思えるようなことをして、私を可哀相がらせたが、それはそれまでソムチャイやパンが生きてきた世界では日常茶飯のことであったのかも知れなかった。 続く
レヌカー・M
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