黄金の三角地帯から
アカ族の家族
アカ族は大家族である。最近ではさすがに少子化の傾向が見られるが、子供を労働力の一員としてとらえ、またバースコントロールの知識がなかったかつては、一世帯あたり子供が十人以上というのはざらだった。
タイ国内に初めてアカ族の集落が出現したのは一九〇三年頃、チェンライ県の北方、ミャンマー国境近くにあるヒンテーク村近郊のパヤパイ村が最初だといわれている。その後、チェンライ県の中央を横断するメーコック川流域からドイ・メーサロン周辺にかけて、多くのアカ族が集落をかまえるようになり、人口はタイ全土で一九四五年に二千五百人、一九六四年に七千人、一九七九年に一万九千人、一九八八年に三万三千人と記録されている。現在の人口は五万人あまりで、チェンライ県を中心に、チェンマイ県、ターク県、ペチャブン県、プレー県、ランパーン県、パヤオ県などに分散して居住している。一九九五年の社会福祉局の調査によれば、タイ全土で二百五十六の集落、八千四百八十四世帯が暮らしている。もちろんこの人口爆発は、自然増加に加えて、ミャンマーや中国からの移動、流入があいついでいるためである。焼き畑農耕によって移動を続けているうちに知らずしてタイに入ってきた一団もあれば、政治、経済情勢の困難なミャンマーでの生活に見切りをつけてタイに引っ越してきた一団もある。近年になって流入してきた多くの人はまだIDカードを持っておらず、警察に見つかれば不法入国のかどでミャンマーに強制送還される場合もある。
アカ族の家は、家長の住居である母屋(ニュンマ)を中心に、その周辺を取り巻く米蔵や、ニュンザと呼ばれる小さな就寝小屋、そして、米蔵や豚小屋、薪小屋などから構成される。ニュンマは高床式、入母屋づくりの立派な建物で、風格がただよっている。
男子たちは成長して結婚しても、ニュンマの周辺に小さな小屋(ニュンザ)を建て、同一敷地内で暮らすことが多い。そしてその子供たちが成長した頃に、別の敷地に自分の家を建てて独立・分家する。
男子の中で跡継ぎをするものは、両親のうちどちらかが死去したのちに、母屋(ニュンマ)に居住することを許される。すなわち、家長夫妻が健在な間は、母屋で寝起きできるのは、家長の男性と青年期に達しない男子、家長の夫人と未婚の女性たちだけである。ただし、別小屋で所帯をもった息子の夫人は、出産するとその後の十二か月間、乳児とともに母屋の女性部屋で寝起きしなければならない。新生児は人の子として認められるまで、母屋にある祭壇の祖霊によって身を守ってもらう必要があるからだという。新生児はまだ霊の世界と人間の世界のはざまにいるのだろうか。よくアカ族の村で産まれたばかりの赤ちゃんの写真を撮ろうとすると、厳しい顔で制止されることがある。新生児は魂が不安定だから、写真を撮ることによって魂が衰弱するからだという。
未婚の少女たちは、年頃になると女性部屋の床上に二段ベッド風の寝台をしつらえて、高い寝台で寝起きする。その意味はよくわからない。悪い虫がつきにくいようにか。
跡継ぎは父親の意向にしたがうのが原則であるが、長子あるいは末子が選ばれることが多い。子供が分家する前には、男子が多い場合、ときに一家あわせて三十人以上にもおよぶ大家族を構成する場合もある。
アカ族は丸形あるいは四角のカントーク(藤や竹で編んだちゃぶ台)を囲んで食事をする。調理は主に女性部屋の囲炉裏を使って行われるが、実際に食事をとるのは、男性部屋でも女性部屋でもかまわないらしい。客人がきたときなどは男性部屋で食卓を囲むことが多いが、日常においては女性部屋でも食事がおこなわれる。家族全員が一緒に食べる家庭もあれば、先に男性である主人が食べて、その残りを女性たちが食べるという家庭もある。母屋の周辺に息子たちが同居している場合は、すでに家庭をもっている場合でも、食事は母屋で両親とともにとらなければならない。まだ独立したと見なされていないのである。
アカ族は普通、男性で十七歳から二十歳、女性は十四歳から十七歳ぐらいまでの間に結婚する。集落の中には若者が集まる広場があり、竹や木で作ったベンチがしつらえられ、夜になると若い男女が集まってきて自由に語り合う。特に農閑期や祭礼時には、夜更けまで騒いだり、愛を語り合ったりして、それが結婚相手をみつける絶好の機会となる。アカ族の恋愛は比較的自由で、結婚前に複数の異性と婚前交渉を重ねることもまれではなく、恋を語る少女たちも実にオープンで、屈託がない。結婚に際しても、特に親の同意を必要とせず、本人同士の合意によって決定される。
アカ族では、男女交際は家の外でするのが習わしで、青年が意中の娘さんの家を訪ねる場合でも、女性部屋の入り口あたりまでが限度で、ずけずけと部屋の中まで入ってくるようなことはしない。やはり恋人の親に対する羞恥心は大変なものである。
羞恥心で思い出したが、アカ族の若い娘さんたちに、ちょっと変わった質問をしたことがある。親しい友人たちの前でオナラをするのと、自分の親の前でオナラをするのでは、どっちが恥ずかしいかというものである。ほとんどの女の子が迷わず「親の前でオナラをするほうが恥ずかしいに決まってる」と答えた。日本人に同じ質問をしたら、答えはかなり違ってくるのではないかと思った。少なくとも私の家庭では親も子も平気でブーブー屁をこいていた。
父系制のアカ族とって、男子が生まれることは必要不可欠である。生まれてきた子供が女児ばかりの場合、家系がとだえることになり、恥ずべきこととされる。私の知り合いのアカ族のおじさんは六人の子供がいるが、みな女の子ばかりなので、世間の視線は冷たく、内心肩身の狭い思いをしている。アカ族では、男児に恵まれない場合、妻に原因があるとされ、亭主は第二夫人を娶る権利があるとされる。そうでなくてもアカ族では、財力のある男性は第一夫人の同意が得られた場合に限り、複数の妻をもつことができる。しかし、アカ族の社会でも、第一夫人以下のヒエラルキーは厳然としてあり、夫の愛情の質量とは無関係に、母屋に居住を許されるのは第一夫人だけである。第二夫人以下は仮小屋などを建てて別居することになる。第一夫人のみが正式な妻として社会的に認知され、その妻の同意がない限り、離婚も容易ではない。第一夫人の権利と威厳はこうして保たれる。結婚前の恋愛は自由だが、家庭をもち、一人前の成人として認められるようになれば、共同体の社会的秩序と体面を維持しなければならないのである。これを犯したものは、それなりの制裁が待っている。
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