アジアの風に恋をして
ヌード学生
十一月発行の男性向け雑誌「M」が、一九九八年度のミスUリーグ(注、大学サッカー対抗のUリーグでミスコンテストがある)で準ミスに選ばれたタイで有名な私立大学の学生のDさん(二二)のヌード写真を表紙とカバーストリーで掲載した。たちまちのうちに男性陣を中心に話題を呼んだ。輪をかけて、卒業学位授与前の同大学のクラスメートらからヌードで学校や学部を汚したとのクレームが大学に集中。学位(情報学士)の授与への非難、卒業式への出席反対といった怒りの声があがった。 当のDさんは、このことで自分の不徳のなすところと落ち込み、卒業証書の授与式へも出席できないものと傷心、反省の弁。このことを、数紙の現地紙が報道し巷の話題を呼んだ。結論から言えば、十一月二十六日、ピチット県から母親や親戚も卒業会場に見え、Dさんは学位を無事手に入れ一件落着となった。
私は、この〃学生ヌード騒動〃を耳にして、「どうゆうこっちゃ」と〃事件発端〃となった男性セクシー雑誌「M」を買ってみた。バンコクでは、紙質といいプリント技術といい日本のと遜色ない出来栄えの出版物が豊富に出ている。私は、セクシー系の雑誌が普通の書店で売られているのを今回初めて知ることとなった。百五十バーツという値段。女性が買うファッションやインテリア系の上質な雑誌が八十バーツ平均だから、この男性向け雑誌がいかに当地の書籍類の中では高いかがわかる。
表紙は、Dさんが上半身裸体で胸を両肘で隠し微笑み作り。キャッチ・コピーには、英語で「SEXY!GENERATION Y」、タイ語で「準ミスUリーグ」と二段見出し。多分、ブラッと書店に立ち寄った客の目は、この本に集中するに違いない。
二十四ページにわたる彼女についての記事構成。一部コスチューム姿とヌードぽいポーズの写真が二十三ページ、それにインタビューが一ページ。
どれも、写真技術のうまさと彼女の若々しい姿態の美しさで嫌らしさは全く感じられない。
日本や欧米の雑誌でマヒしていた私は、むしろ新鮮なヤング女性の身体の美しさ、ファッションものの着こなしの良さを見た思いになった。それに加え、撮影地の自然の背景をDさんの雰囲気にピッタリ合わせたタイ人編集者の感性に感心した。吉永小百合や市毛良枝、竹下景子や広末涼子といったタイ版お嫁さんにしたいDさんに思えた。
「世間の評判は、二分している」と地元紙は、報じていた。学内でも個人の自由という考えを言う学生もいれば、学生が裸になって人前にさらすなんて許されないという意見。私も、私の周辺のタイ人の何人かに〃Dさん波紋〃を聞いてみた。が、似たような賛否両論であった。が、世代を超えて耳にしたのは、タイでは、こうした裸を衆人監視にさらすことを嫌悪する感覚が非常に強いことであった。と同時に最高学府の学生の身での〃公序良俗〃を求める声だった。俳優やタレントに身を置く女性が、ヌードになるのとは全く次元が違うということだ。現在の日本では信じられないヌードと国家・国民の意識感覚の違いである。
現地紙のデイリーニュース紙は、大学側のコメントとして、「Dさんがしたことは、何が適切で何が不適切であるかを認識することを教えたはず。…卒業生がタイ文化について堅固な基準をしっかり持ってくれれば、そのことが文化を守ることになる。それ以上教えることは出来ない」と報じた。
情報学部の全過程を修了した以上、卒業証書の発行は問題ないとする大学側の方針でこの度、学士卒となったDさんは、二十七日付けデイリーニュース紙の記者に次のように語った。
「この件が問題になっていた頃、私の心理状態は最悪でした。今後は、皆が考えているような人間ではないということを世間に認めていただけるようイメージ一新を図ります」
来年は、大学院の修士課程に進級するようである。また、「M」雑誌では、国会議員への道も語っている。彼女は、なにか〃タイの新人類〃の出現に思えてならないが…。
(OVTAタイ事務所所長) 開原 紘
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