アジアの風に恋をして
反日親日
<日本は、現在のグローバリゼーションにおける情報化時代の中で、もっと多くの役割を果たさなければならない>
これは、九月十七日付け毎日新聞の企画、「飛べニッポン 第六部 再生へのエール」の中で薄木毎日新聞バンコク支局長がインタビューしたタマサート大学講師のティーラユットブンミーさんの意見である。と、言ってみても読者諸氏には、「(上記のような声は世界中のインテリ層から)よく聞くことで、別に珍しいコメントじゃないよ」、と思われるに違いない。そうだと私も思う。が、私にとっては、二十数年振り否正確に言うと二十七年振りに活字の中でブンミーさんに〃再会〃した驚きの発言記事であった。
話を一九七二年頃に戻しましょう。
私は、当時ラオス王国の首都ビエンチャンで日本語の教師をしていた。日中は、国立の高等技術学校の電子や電気専攻の学生に、夜は一般市民に教えていた。首都とはいえ、売られている商品は、貧弱な物ばかり。高価な物といえば、ほとんどが日本製であった。が、品数がそうあるわけではなかった。
私は、休暇でバンコクに出た。旧大丸デパートには、高価で見た目のいい日本製の商品の山で溢れていた。〃買ったつもり〃でデパート内をブラブラし目で楽しんだものである。
毎日新聞でインタビューを受けたブンミーさんは、当時チュラロンコン大学の学生で「タイ全国学生センター(NSCT)」という学生運動組織の書記長であった。その頃は、タイ領土にはベトナム戦争の軍事発進基地があり、タノム・キチカチョン軍事政権の強権支配下にあった。日本では、田中角栄首相が、日本列島改造とベトナム特需で勢いを強くしていた。それで〃日本株式会社〃の顔として日本商品を外国に売り込んでいた。タイにも勿論高品質の商品が流れ込んだ。軍事政権に反発を強めていたブンミーさんら学生組織の一団は、タイ政府に対する不満の矛先を街中に溢れ出した「メード・イン・ジャパン」に向けエコノミック侵略として「日本商品不買運動」を展開した。田中首相の訪タイ時には、バンコクの主要道路で「タナカ帰れ」の大シュプレヒコール。荒れる反日の不買運動が見られた。
ビエンチャンの日本語クラスのラオス人は、隣国タイで起こっている一連のアンチ・ジャパンのニュースに、「先生、タイ人はどうして日本製のモノを壊すのですか。タイ人は悪いです」と私には理解できないと答えを求めてきた。
「日本のモノは買うな」、「日本の経済侵略反対」と急先鋒の立場に立ち声を大にして叫んだブンミーさん。二十七年後の今、冒頭のように現在の心境を語ったのである。
薄木支局長は質問する。
<日本製品は今のほうがはんらんし、各分野で日本の「浸透度」が目立ちます。でも、あまり反発はないようですね>
ブンミーさんが答える。
<…タイに進出している多くの日系企業が、品質向上や通信技術の発展に努めていることなど高く評価したい。そうした企業は、環境、文化にも配慮しながら優れたマネジメントを行っている…>
<タイにはもはや反日感情はない、と言ってよい。文化交流が進み、相互理解が進んでいるからだ。タイ国民は、建築技術などの工業・産業面だけではなく日本の文化を高く評価している。日本食レストランは、タイ国民にも人気が高い…>
日本への期待には、<…日本の経済力、技術力ならば「アジアの代表」になることは可能だ。日本の将来について私は楽観的だ>と結ぶ。
二十七年前の〃反日の目〃が〃親日の目〃で語っている。
(OVTAタイ事務所所長) 開原 紘
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