アジアの風に恋をして

国と歌


 バンコクの街中、至る所に赤白青白赤の横縞のタイ国旗が掲げられている。年中出されているためか或いは排気ガスのためか、色落ちしたのや傷みのある国旗も目に付く。が、とにかく、南国の街の明るさの中にタイ国の色彩旗は、自然に溶け込んでいると思う。

 毎日、テレビからラジオから流されるタイの国歌。私は、そのリズムをすっかり覚えてしまった。ついでに言わせてもらうと、私は、映画館の上映前に起立して耳にする「国王讃歌」の曲も気に入っている。日本に帰国後、何となく聞きたい〃思い出の曲〃になるのでは、と思ったりする。〃国の顔〃である国旗はもち論のこと、タイ人は、国歌にしろ「国王讃歌」にしろこうしたものへ最高に敬意を払って見せる。国家へ忠誠を尽くす〃証〃の感覚で促えているのでは、と私は思う。つまり、国と歌が生活の中に密着しているものと言いたい。

 私は、当地に着任して「君が代」を歌っていない。というより、歌う機会に遇わないといったのが正しいかもしれない。そう言えば、最後に「君が代」を歌ったのは、いつ頃だったか?。二十数年前以上かもしれない。学生時代は、式典の時は必ず歌った。国歌斉唱として歌うものと思っていたから当然なことであった。また、東京オリンピックやスポーツ県民大会といった催し時に歌った思い出は、今も脳裏にある。その時の情景が思い出されてくる。一方、「日の丸」は、現在OVTAタイ事務所のデスクの上にタイ国旗及び「OVTA旗」とともに並べて置かれてある。日本にいては感じないだろう。〃日本国人〃の意識。それを机上の「日の丸」とタイ国旗が無意識に感じさせているように私には思える。

 昨年末行われたバンコク・アジア競技大会。私は、日本人としての「日の丸」を幾つかの会場で打ち振った。周りのタイ人とて同じ。負けじとばかりに打ち振られるタイ国旗。日本人選手が優勝した時に会場にいたことがなかった私は、「君が代」を歌うチャンスはなかった。が、タイ人選手が優勝した会場にたまたまいた私は、誇らしげにタイ国歌を口にしタイ国旗を突き出すタイ人の様子にジーンとした感動をもらった思い出がある。

 「AERA」誌七月五日号、「国旗・国歌論争なき法制化」としたタイトル記事は、次のような書き出しで始まっていた。

 <長野オリンピックでのことだ。金メダルをとった日本選手が、表彰式で帽子を脱がなかった。君が代も歌わなかった。直後の衆院予算委員会で、取り上げられた。「選手は(式が)終わったあとのインタビューで、実にあっけらかんと『君が代を習ったことがないから知らない』といった」>

 もしもの仮定話をしましょう。二〇〇二年ワールドサッカー日韓大会で日本が好成績でグングン敵を蹴散らし、〃ニッポンニッポン〃で国中がフィバーしてきたとします。日本人は、喜びの態度を「日の丸・君が代」とどのようにかかわって見せるのでしょうか?。  「日の丸」「君が代」の法制化賛否論がまだまだ続いています。が、コトは私が言うまでもなく以下のように進んでいます。

 <「日の丸」を国旗、「君が代」を国歌と定める国旗・国歌法案は二十二日午後、衆院本会議で記名投票の結果、賛成四〇三、反対八六と八割を超す賛成多数で可決、参院に送られた。…同法は八月十三日の会期末までに成立する見通しだ。(毎日新聞 七月二十三日朝刊)>。     

(OVTAタイ事務所所長)
開原 紘


[BANGKOK SHUHO]