アジアの風に恋をして
体操競技
熱くタイ国に燃えたアジア競技大会も無事に終った。私は、開催期間中、六日の開会式と十日の祭日の日に行われた体操の種目別決勝を会場で見た。特に体操に興味があったからではない。開始時間が午後二時からだったので出掛けやすかったからである。会場のムアントンタニー競技場までは、高速道路に乗ってスイーと行ってしまいお昼前には着いてしまった。この競技場は、体操の他、ビリヤードやボクシング、バレーボール、テニス、重量上げ、ラグビーといった競技が行われる新設の大会会場でもあった。入場券窓口で異常に混み合っているコーナーがあった。それは、体操競技の入場券の販売コーナーであった。長蛇の列といってもいいくらいだった。二五〇バーツの券を手にした私は、割と見やすい席をとり開始までの二時間余りをじっと待った。
どのくらいの収容能力数か知らないが室内競技場の全席が完全に埋まり、それでも入場してくるタイ人の観客は、通路にもあふれるばかりであった。異常な人気の体操競技に、私は驚いた。私は、続々入ってくる観客、ユニフォーム着用の大会関係者、プレス関係、警備の警察官らの姿を目にしながら、東京オリンピックの体操競技会場(千駄ケ谷)を思い出していた。
私は、当時は大学生だった。花の妖精、チェコのチャスラフスカ選手や男子の小野選手の体操競技を見たくて会場に入った。体操ニッポンの活躍があったし、なによりも白い透き通った肌を真っ赤な競技ウエアーに身に包んだベラ・チャスラフスカ選手の演技は、日本中を体操ファンの人気スポーツにのし上げさせた。
私は、このムアントンタニー体操会場を埋め尽くした熱気の訳が、チャスラフスカ選手とはまた違った男子種目別競技に出場のタイ人アモンテープ選手に観客の熱いメダルの期待がかかり、演技する度に館内をゆるがすばかりの大声援でわかった。現実に、つり輪の競技で中国の選手や日本の塚原、斎藤といった選手を打ち破り九・八〇〇の高特点で見事ゴールドメダリストとなった。タイに体操で初の「金」をもたらしたアモンテープ選手は、タイ政府から二〇〇万バーツ(約七〇〇万円)の祝い金をもらうこととなった。
私が、会場で感じたタイ人観客の態度は、他の国の演技者へも惜しみない拍手を送るマナーの良さであった。疲れが溜まった選手は、演技中に失敗しくずれる瞬間があった。演技終了後にタイ人観客は、そうした選手により以上の温かい拍手を送った。
私は、タイ人が少しずつ体操競技に魅力を感じ選手層が厚くなることで、これからのオリンピックやアジア大会の体操競技でかなりの脅威になるのでは、と思う。タイ国にもサッカーやセパタクローといった球競技でない新しいスポーツ種目への挑戦者が今後とも続くのでは、と私は体操会場で思った。
(OVTAタイ事務所所長) 開原 紘
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