アジアの風に恋をして

外環道路


 バンコク郊外で建設中の高速道路の現場を見る機会があった。友人のEさんがプロジェクト・マネージャーをやっていることもあり、「一度見に来たら」との誘いもあったからである。

 その建設工事名は、「バンコク東部外環道路」建設。バンコク・バンナート・ハイウエイ(三四号線)に架るワットサルッド・インターからバンパインまでの六四、四キロ区間。タイ運輸通信省道路局が事業主となりタイ政府がOECFから五〇%の借款。日本のコンサルタント企業が施工管理を受け持ち、全十六工区の内十五工区は地元タイの施工業者の請け負い。一九九四年に着工し本年度にはほぼ工事も完了予定のプロジェクトである。

 雨でぬかるんだ工事中の道路は、ところどころ穴ぼこや水溜まり。車輛をとられながらの〃見学走行〃であった。一部の工区の道路は、既に走行可能な状態。日本でなら工事中に一般車両が進入し走ることは絶対にありえないのだろうが、当地タイでは、道があれば状況を考えずに走る(?)のマイペンライ・イズムからか、危ないし迷惑だ」、とEさんは怒りを口にする。「特に、重量オーバーの大型車両は縦横無尽に走りまくり問題だよ」。

 間もなく完成予定だからだろうが、Eさんは、建設中の周辺状況を鋭く観察していく。なにか、私には出産前の親の心境のように思え嬉しさと心配が入り混じった話し振りに聞こえてくる。

 今年十二月に行われるアジア競技大会のメイン会場となるラムカムヘン周辺へは、この「バンコク東部外環道路」の「スカピバン3」のインターを利用すればよい。また、ランシットのタマサート大学会場へもこの外環道路が大いに時間を短縮してくれること間違いない。それに、バンコク第二国際空港建設地へはバンコク・チョンブリモーターウエイと交わるこの東部外環のタブチャン・インター。

 六四キロの東部外環道路には八箇所のインター。タイの東北部方面は、カンボジアやラオス国。東部外環が完成後は、こうした国境の町、村とがバンコクとスピート・アップされ結ばれる。人と物、生活と文化が更に密着する。

 かつて、ベトナム戦争に要所要所の基地を置いたタイ国は、緊急エプロンと化する軍事道路を敷いた。戦闘機の重みに耐えるアスファルトの施工を米軍が教えたかは、確証はない。が、時が過ぎJICAの道路作りの指導もあって、タイ人の道路施工の〃技能と技術〃が身についたことは、確かなようだ。

 「バンコク東部外環道路」に対面する七〇キロの「西部外環道路(Bang Khun thian 〜 Bang Pa In」はほぼ全区間走行が可能となった。東部外環と西部外環を結ぶおよそ三五キロのチャオプラヤ川をまたぐ「南部外環道路(Bang Phli 〜 Bang Khun Thian」は、まだ建設GOには至っていない。が、これもやがて着工にこぎつける見込み大。そうなれば、五、六年先には、バンコクの外環道路はタイ社会生活をどのように変えているか。楽しみである。多分、その頃は、タイ経済に新たな弾みが加わっていることだろうから・・・。

(OVTAタイ事務所所長)
開原 紘


[BANGKOK SHUHO]