アジアの風に恋をして
アジアの競技大会
あれほどタイ国中を一カ月余り熱狂させたワールドカップ・サッカー仏国大会は、今ではタイ人の間で話題にも上がらなくなっている。「アレアレアレ・ゴーゴーゴー」のテーマソングも聞かれなくなった。屋外カウンター・バーに付けられたテレビの画像は、衛星中継で盛り上がったサッカー試合は消え、映画や他のスポーツ番組に切り替わった。また景気低迷による。〃静かなタイ国〃に戻っている。
ところで、みなさん。今年十二月(六日から二十日)、第十三回アジア競技大会がバンコク市で開かれるのをご存知ですよね。否、知らない人がいるかもしれない程、当地にいても盛り上がりに欠けている雰囲気である。が、最近、少しずつではあるが、テレビ、新聞がアジア競技大会の進行状況や競技選手の紹介等取り上げてきた。それに、「アレアレアレ・ゴーゴーゴー」ほど口ずさむには親しみを感じないが、バンコク・アジア競技大会のPR曲が、毎日のテレビのスポットの中で聞かれるようになった。ワールド・トレード・センター前をはじめ買い物客や観光客の集まる要所には、大会のマスコットの像の「チャイヨー」が置かれ開催日数をカウント表示している。ドンムアン国際空港にも当地開催を知らせるブルー・カラーの宣伝用垂れ幕が幾重にも吊るされている。こうしてみると、ようやく十二月のバンコクアジア競技大会実施に向け国内用にもPRが始動してきた感じがする。
私がアジア競技大会に最初に触れたのが、小学生の時だった。第一回め(一九五一年)のニューデリー大会か二回め(一九五四)のマニラ大会の時だったと思う。競技大会のバッチを買わされた思い出がある。その時は、大会がどうゆうものかほとんど知らなかった。が、セルロイド製のビールの栓の形の物にオレンジ色で「EVER ONWARD」と書かれたそれは、当時かっこうよく見え帽子かシャツに付けた記憶がある。
前回(一九九四年)の広島大会から今回のバンコク大会に引き継がれた「国境を越えた友情」をテーマにした大会は、アジア四十三か国・地域から史上最多の一万人もの競技選手・役員が集うようだ。因みに第一回の参加者は約五百人だった。競技種目も三六競技、三七七種目と前回大会より二競技、四〇種目増えているらしい。
チュアン政府は、八月四日の定例閣議でアジア競技大会の期間中は、「学生の参加あるいは試合を応援のため全国教育施設の休校」を指示した。これは、競技期間中の道路渋滞の解消をねらいとしたもののようだ。まあ、これはこれとして、あと八十日を切った今、建設中の競技会場や選手村、高架鉄道の具合など本当に間に合うのか、と他人事ながら心配になってくる。が、マイペンライ・イズムのタイ人気質、当日には、華々しいオープニング・セレモニーを繰り広げるだろう。その舞台裏では、その時間でもまだ会場の一部の突貫工事が続いているが?・・・。
(OVTAタイ事務所所長) 開原 紘
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